反日武装戦線について ―ポストモダン状況における左翼の行き詰まり―

 「反日」という言葉がネット上では溢れかえっている。右翼、或いはネット右翼が、他人を罵倒する時に使う蔑称だ。僕の周りには「反日」という言葉を使っている人間を見たことがないが、どうも一部の界隈では、「反日」というレッテルをはり合うゲームが行われているらしい。

 しかし、そんな、品性のない連中が、気に食わないやつを非難する時に使う言葉である「反日」を、積極的に自任した、左翼過激派政治犯がいた。それが、「東アジア反日武装戦線」である。

 東アジア反日武装戦線が主に活動していたのは70年代前半であるが、同時期にあった連合赤軍あさま山荘事件の衝撃ばかり目立ち、東アジア反日武装戦線は、どうもその陰に隠れてしまっているようである。

 しかし、外山合宿で、時代の流れの中におけるその存在を確認し、やはり反日武装戦線の方が、連合赤軍より、左翼運動の文脈においては特筆すべき点を持つのではないかと思い始めた。それで、ここ一週間ほどの間、ノンフィクション『狼煙を見よ』、ドキュメンタリー映画『狼を探して』、アナキズム文献センターの展示資料、反日武装戦線自らが記した『反日革命宣言』と、反日武装戦線強化週間を過ごした中で、彼等の活動が、良くも悪くも、相当な現代性を持っていたことが分かってきた。今回は、この一週間ほどの間に思っていたことを、自分なりにまとめてみたいと思う。滅茶苦茶長い。

 滅茶苦茶要約すると、反日武装戦線は政治的テロであり、批判されなければならないが、しかしそれを左翼的ヒューマニズムの観点から批判してしまえば、むしろそれの空虚性をあらわにするだけであるという話である(気がする。長々と書きすぎて自分でもよく分からない)。

 

 

 

 

①プレ反日武装戦線としての“68年史” ―ポストモダンへ―

 反日武装戦線の活動は、主に70年代前半に行われている訳であるが、そんな彼らの思想を見るにあたって、絶対に見逃せない前提がある。それが、日本国内では全共闘、グローバルではパリ五月革命プラハの春ベトナム反戦運動に代表される様な、“1968年”前後の地殻変動である。かの“世界システム論”で有名な、ウォーラーステイン曰く、“1968年”とは、1848年の二月革命以来の、100年に一度あるかないかの世界革命の年であり、1968年こそが、ポストモダンの行方を決定づけたということなのである。

 本章では、そんな1968年に、一体何が起こり、そして何が変わってしまったのかを、主に次の二つの観点から整理したい。一つは、マルクス主義理念の事実上の崩壊であり、もう一つは、先鋭化する加害の論理である。

 

マルクス主義の事実上の崩壊 ―プラハの春と華青闘告発―

 この節では、マルクス主義理念の事実上の崩壊を扱うが、そのために、マルクス主義そのものの確認から始めよう。

 

 近代左翼思想の総本山たるマルクス主義思想。最近“左翼”というと、“社会的弱者の立場に立つ”という風に、良きにしろ悪しきにしろイメージされるものである。しかし、マルクス主義は、こうしたイメージとは厳密には異なる。

 それを明らかにするために、『共産党宣言』から引用しよう。プロレタリアート、中間層、ルンペンプロレタリアート(社会最下層の労働者)が、それぞれどのように言及されているかに注目である。

 

 

今日、ブルジョアジーに対立しているあらゆる階級の中で、プロレタリアートだけが真に革命的な階級である。残りの諸階級は大工業の発展とともに零落し没落するのに対し、プロレタリアートは大工業の固有の産物だからである。

 中間層、すなわち小工業家、小商人、手工業者、農民はみな、中間層としての自分たちの存在を没落から守るためにブルジョアジーと闘う。彼らはしたがって革命的ではなく保守的である。それどころか反動的でさえある。彼らは歴史の歯車を逆に回そうとするからである。(中略)

 ルンペン・プロレタリアート、旧社会の最底辺におけるこの受動的な腐敗部分は、そこかしこでプロレタリア革命によって運動に投げ込まれるが、その全体としての生活状況からして、むしろ喜んで反動的陰謀に買収されるだろう。

マルクスエンゲルス 『共産党宣言

 

 

 この一連の文章を読めば、マルクス主義が、“社会的弱者の側に立つ”という様な代物ではないことがわかるだろう。没落していく中間層もルンペン・プロレタリアート(以降、ルンプロと表記)も、どちらも、反動的と裁かれる。この時、マルクスが依拠する基盤となる観点はどこなのか。

 マルクスは、プロレタリアートの立場に立っているということも出来るが、それでもまだ表層的だ。マルクスが依拠する観点とは即ち、〈歴史〉、〈社会〉、或いは、〈革命〉の観点なのであり、〈個人〉ではない。〈個人〉は常に、〈歴史〉〈革命〉によって裁かれてしまう。マルクスにとって大事なことは、ルンプロという、目の前で抑圧されている可哀そうな〈個人〉を救うことなのではなく、歴史の歯車を回して、人間性を解放することにこそあるのだ。

 だから、中間層のみならず、ルンプロをも、〈歴史〉〈革命〉にとっては反動的な敵として裁かれてしまうのである。ここに、西洋形而上哲学を不本意ながら引き継いでしまった、マルクス主義の錯誤がある。つまり、〈歴史〉〈革命〉を僭称する主体によって、〈個人〉の抑圧を許してしまう様な構図が、人間性の解放を目指したはずのマルクス主義には、始めから埋め込まれてしまっているのだ。

 

 そして、マルクス主義のこうした暗部が明らかになり、〈歴史〉〈革命〉に抑圧されてきた〈個人〉にスポットライトが当たったのが、“1968年”であった。

 では、1968年の一体何が、〈歴史〉〈革命〉に疑問を突き付けたのか。

 

 まず、世界的な見地から見てみる。重要なものの一つとして、プラハの春を挙げよう。教科書の記述がまとまっていてわかりやすいから、それを引用する。

 

ソ連国内では1964年のフルシチョフ解任によって、改革が終わることへの不安と失望が徐々に広まりつつあった。また68年にはチェコスロヴァキア共産党ドプチェク(任1968~69)のもと、社会主義体制の改革運動が起こったが(プラハの春)、ソ連のブレジネフ(任1964~82)政権はワルシャワ条約機構軍を送り込んでこれを鎮圧した。ブレジネフは社会主義陣営全体の利益のためには一国の主権は制限されるという制限主権論を唱えて、この介入を正当化した(ブレジネフ=ドクトリン)。

 

プラハの春……ドプチェクは「人間の顔をした」社会主義を掲げ、検閲の廃止、経済改革、自立的な外交などを打ち出した。だが、ブレジネフ指導部にとっては、ソ連社会主義こそが唯一の社会主義であり、それ以外は反革命への道なのであった。

 

『詳説世界史研究』 山川出版社 513p

 

 

 理想国家であり、人類解放を主導する筈のソ連が、自由を抑圧している、それが、プラハの春事件の衝撃だった。

 日本におけるプラハの春として、華青闘告発を挙げよう。

 華青闘とは、華僑青年闘争委員会の略称であって、その名の通り、中国の若者が日本で組織した学生運動の団体であった。そんな華青闘が、1970年の7月7日、全国全共闘主催の集会で、以下の様な旨の告発をするのである。スガ秀美『1968年』から引用する。以下、固有名詞がいっぱい出てくるが、とにかく大事なのは、華青闘が民族的マイノリティであり、中核派が日本人であり、そして、その両者が対立しているということだ。

 

 

 七〇年七・七は、当初は、華青闘と語学共闘、べ平連、日中友好協会(正統)全都活動者会議、東京入管闘という、日本側の大衆四大体との共催で行われる予定だったという。入管闘争を主題化しえない新左翼諸党派には盧溝橋記念集会は担えないという華青闘の申し入れがあったためである。ところが、そこに当時最大の党派であった中核派などの諸派がオブザーバー参加のかたちで介入し、全国全共闘と全国反戦という党派間共闘組織と、東京入管闘の共催を主張した。

(中略)

 華青闘と四団体は全国全共闘・全国反戦に主催は任せられないとして反対したが、中核派などの提案は可決された(七月三日)。華青闘は主催を辞任し退席する(七月四日)。この華青闘退席に際して、中核派の全国全共闘書記局員(代行)が「主体的に華青闘が退場したのだからいいじゃないか」と発言し、これが差別発言であるとして、ノンセクト系の入管活動家から糾弾をあびることになる。これが、決定的な契機であった。

 この発言に対して、発言者当人、発言者が所属する中核派、そして七・七集会実行委員会の三者自己批判を提出したが、そのことで事態が収まったわけではない。また、この「差別発言」と連動して、別の党派代表が「自分は横浜で育ったので中国人をよく知っているが、差別などしたことがない」と発言し、これまた、それ自体が差別に無自覚だと糾弾されたという。七・七を前にした集会準備会は、ほとんど、ノンセクトからの党派への差別糾弾の場と化した様子である。

 この「差別発言」がなかったら、華青闘の主催からの撤退もそれほど問題にされることはなく、七〇年の七・七集会はありふれたものに終わっていた可能性も否定できない。しかし、この問題は、日本の新左翼が―ということは、日本の近代以降の思想総体が―内包していた「差別」の必然的な露呈であった。

 スガ秀美 『1968年』

 

 華青闘告発において問題とされたのは、次のようなことだ。即ち、革命を先導すると思われていた日本の党派が、その実、人類解放の〈革命〉の大義に隠れて、差別的ナショナリズムを抱えており、民族的マイノリティという小さな〈個人〉を抑圧していたということだ。「自分は差別をしたことがない」という中核派の発言が糾弾されるのは、現代的な反差別の問題意識が如実に出ている。差別性の自覚こそが、差別克服への道なのだとする、非常に自虐的な感性がここで芽生えるのである。

 ともかく、世界におけるプラハの春、日本における華青踏告発で問題となったのは次のことである。〈歴史〉〈革命〉を先導する主体であったはずのソ連共産党/日本人党派が、人類解放の大義の下で、〈個人〉を抑圧していく。そうした中で、〈歴史〉〈革命〉といった、大きな物語を語ることそのものが常に“騙り”なのであって、そうしたものを“騙る”ことは、〈個人〉への冷酷な弾圧を不可避的に招いてしまうのではないかということであった。

 戯画的に言えば、これは、左翼の関心が、「プロレタリアートからルンプロへ」という風に移行したということができるだろう。ルンプロは、ブルジョア/プロレタリアという対立からさえ排除されてしまっているわけだが、排除されているが故に、最も抑圧を被っているということである。

 とにかく、1968年においては、〈歴史〉〈革命〉が疑われ、それらの立場を党が僭称することが完全に否定される。その中で、〈歴史〉〈革命〉の観点を称して、革命の主体を独断的に決めてしまうマルクス主義は、その理論的前提から、事実上崩壊してしまうのである。

 

・加害の論理 ―ベトナム戦争

 ここから書いていく、“加害の論理”は、前記のマルクス主義理念の崩壊とも関係するが、それだけに収まらない射程を持っている。

 “加害の論理”とは文字通り、加害性、特に、自身の加害性についての論理、というか、実感のことである。

 前述のマルクス主義理念の崩壊も、加害の論理に翻訳することができる。つまり、〈歴史〉〈革命〉を僭称して、人類の解放を謳う共産主義者が、実際は小さな〈個人〉を抑圧し、“加害”していたのであるということだ。マルクス主義の崩壊とは、共産主義者につきつけられた加害の論理と言い換えることもできるだろう。

 しかし、1968年には、共産主義だけではなく、西の資本主義国家で、市民社会における平和な日常生活にも、加害の論理は突き付けられた。それを世界的に象徴するのが、ベトナム戦争と、それに伴う反戦運動である。

 ベトナム戦争それ自体の説明は省略して、ベトナム戦争の影響について、世界史の教科書、というか参考書から引用する。

 

 ベトナム戦争は史上初めて、本格的にテレビで放送された戦争だ。連日、アメリカ軍が北ベトナムを攻撃する様子が放送され、最初はアメリカ軍目線の放送が多かったけど、そのうちジャーナリストがベトナムに乗り込んで、ベトナム人目線の映像も次々と流され始めた。例えば、アメリカ軍の戦車がベトナムの田んぼのド真ん中を進んでいく映像や、アメリカが支援している南ベトナム兵がおこなった路上処刑の映像などが、テレビを通じて全世界に流されたんだ。

 こうした映像を見た人びとは「アメリカの正義って何なんだよ?」という疑問を持ったよ。これまでアメリカや西側諸国の大多数の人たちは、「社会主義=悪」、だから社会主義と戦う「アメリカ=正義」だと信じてきた。でも、テレビから流れる映像はどう見てもアメリカのほうが悪い!こうして世界各地で反戦デモが起こり、アメリカに対する国際的な批判が強まると、アメリカ国内でも、若者の徴兵拒否や反戦デモが起こった。このベトナム反戦運動は、各国の反体制運動に影響を与えて、学生や労働者の運動が高揚したよ。

鵜飼恵太 『大学入試 ストーリーでわかる 世界史B [近代・現代]』

 

 

 世界的にはこの様な文脈から、ビートルズが流行ったり、フラワーチルドレンなる層が出てきたりする。いわゆる、カウンターカルチャーの時代が到来するのである。

 日本においては、アメリカとは違った意味も持っていた。日本も、アメリカへの支援という形でベトナム戦争に間接的に協力していた。しかし日本においてはアメリカと違って、そもそも自分たちが正義の国家だという感覚は希薄であり、むしろあったのは、敗戦国としての被害者意識であった。20年弱程の経済成長で先進国化していく中で、このベトナム戦争が勃発したわけである。ベトナム戦争の影響で、日本は、アメリカ的に正義の国家から加害者へという転換するよりも、被害者の国家から加害者の国家へという転換するのである。日本で普通に市民社会を生きていることそれだけで、犯罪的な加害性を帯びてしまうのだ。

 存在の不可避な犯罪性。これが、市民運動的な感性において表現されたのが「『ベトナムに平和を!』市民連合」、通称べ平連であった。しかし、こうした感性を、政治的な感性が過剰な程豊かな、学生運動家が感受したとき、健全な市民運動の枠を超えて、グロテスクな様相を帯びてくる。それこそが、反日武装戦線の展開であった。

 

 以上、こうした、1968年の前史を踏まえた、反日武装戦線の活動、思想について追っていこう。

 

反日武装戦線の活動

 僕がここでふれたいのは、反日武装戦の思想的、実存的な意味なので、活動を大学の授業みたいに細かく記述するのは避ける。

 最低限のことだけ簡潔に記そう。(事実関係はもしかしたら多少間違いがあるかも)

 

・組織形態

 反日武装戦線には、有名な部隊として、“狼”、“大地の牙”、“さそり”があるが、これら三つの部隊の関係性は非常に薄く、統一的な指揮体系があるわけではない。

 イメージされているのは、散発する都市ゲリラである。レーニン的な、唯一の共産党では断じてない。

 初めは、“狼”が東アジア反日武装戦線を名乗り、後述する「三菱重工ビル爆破事件」を起こす。その後、それに伴う声明を出す訳だが、それに共鳴した若者が結成するのが、“大地の牙”、“さそり”である。これら三部隊は、連絡こそ取りあっているが、上下関係があるわけではない。彼らとしては、「三菱重工ビル爆破事件」に共鳴して、“大地の牙”、“さそり”が結成されたように、その後も散発する都市ゲリラに呼応して、ゲリラがどんどん増えていって、ついに〈革命〉が達成されるのだというイメージだったのだろう。(彼らが参照したのは、レーニンではなくゲバラである。ゲバラは、自分達のキューバ革命に呼応して、「二つ、三つ……数多くベトナムをつくれ、これが合言葉だ」と題するアピールを発表した。“狼”自身が、ゲバラのアピールに呼応したのである。)

 

・爆破対象 ―“企業”と“象徴”―

 彼らの活動の基本目的は、ゲバラの呼びかけに呼応して、“都市ゲリラ”を組織することである。具体的には爆弾闘争を構想していた。

 彼らが実際にやったこととして、最もショッキングなものが、1974年八月三十日の三菱重工ビル爆破事件」だ。その名の通り、三菱重工ビルを爆破した事件である。ショッキングだったのは、この爆破で、普通に考えれば全く関係ない、無実の一般市民をも八人も殺してしまったことと、その後に出した以下の“声明”である。

 

 一九七四年八月三十日、三菱爆破=ダイヤモンド作戦を決行したのは、東アジア反日武装戦線“狼”である。三菱は、旧植民地主義時代から現在に至るまで、一貫して日帝中枢として機能し、商売の仮面の陰で死肉をくらう日帝の大黒柱である。今回のダイヤモンド作戦は、三菱をボスとする日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃である。“狼”の爆弾により、爆死し、あるいは負傷した人間は、「同じ労働者」でも「無関係の一般市民」でもない。彼らは日帝中枢に寄生して、植民地主義に参画し、植民地主義に参画し、植民地人民の血で肥え太る植民者である。

 

 無関係の一般市民を殺したことを、悪びれるどころか、完全に正当化したのだ。どうも、元々“狼”自身も、一般市民を殺すつもりは全くなかったらしい。作戦遂行上のミスで、結果的に一般市民を殺してしまったが故に、事後的な正当化として、以上の声明文を出したらしい。しかし、そうした不本意な形であったとしても、こんな極論を提示できてしまう所に、彼等の思想的、実存的な恐ろしさがある。それについては後述しよう。

 

 こうした、“企業爆破”は、三菱重工ビル爆破事件の後も連続的に行っていくわけだが、それと並行して行われるのが、“象徴爆破”である。彼らは、二次大戦における帝国主義イデオロギーの“象徴”、或いは、アイヌ侵略イデオロギーの“象徴”として、興亜観音像、風説の群像を爆破していく。

 そうした“象徴爆破”の中でも、最大の“象徴”は、疑う余地なく、天皇ヒロヒト、つまり昭和天皇である。

 彼ら曰く、天皇爆殺作戦は“虹作戦”と呼ばれる。1974年八月十四日の朝に、昭和天皇が乗る列車を突き止めた“狼”は、その列車を爆破して、天皇を爆殺しようとしたのであった。この“虹作戦”は、彼らが、自分たちの行動が公安に看破されていると思いこんで、前日に突如中止を決定し、未遂に終わる。しかし、実際は、公安は全く“虹作戦”を把握しておらず、「三菱重工ビル爆破事件」の件で逮捕してから、取り調べを続けていくうちに、初めて、未遂で終わった“虹作戦”の存在を突き止めたのであった。

 歴史にifは禁物だが、もしも、“狼”が、勘違いすることなく、そのまま虹作戦を決行していたら、日本の現代史はどの様になっていただろうか。。。

 

 反日武装戦線が実際にやったこと、やろうとしたことを概観したところで、次は、主題である、反日武装戦線の思想内容を見ていこう。

 

 

反日武装戦線の思想

 反日武装戦線の思想について、本人たちの言葉を尊重した方が、彼らの思想がより伝わると思うので、少々長くなるが、彼らのメッセージをそのまま引用する。

 

さて、以下に東アジア反日武装戦線“狼”はいくつかの問題を提起し、日帝打倒を志す同志諸君と、その確認を共有したいと思う。

日帝は、三六年間におよぶ朝鮮の侵略、植民地支配を初めとして、台湾、中国大陸、東南アジアなども侵略、支配し、「国内」植民地として、アイヌモシリ、沖縄を同化、吸収してきた。われわれはその日本帝国主義者の子孫であり、敗戦後開始された日帝新植民地主義侵略・支配を、許容、黙認し、旧日本帝国主義者の官僚群、資本家共を再び生き返らせた帝国主義本国人である。これは厳然たる事実であり、すべての問題はこの確認より始めなくてはならない。

日帝は、その「繁栄と成長」の主要な源泉を、植民地人民の血と累々たる屍の上に求め、さらなる収奪と犠牲を強制している。そうであるがゆえに、帝国主義本国人であるわれわれは「平地で安全で豊かな小市民生活」を保障されているのだ。

 日帝本国における労働者の「闘い」=賃上げ、待遇改善要求などは、植民地人民からのさらなる収奪、犠牲を要求し、日帝を強化、補足する反革命労働運動である。(中略)

日帝の手足となって無自覚に侵略に加担する日帝労働者が、自らの帝国主義的、反革命的、小市民的利害と生活を破壊、解体することなしに、「日本プロレタリアートの階級的独裁」とか「暴力革命」とかをどれほど唱えても、それは全くのペテンである。自らの生活を揺るぎない前提として肥え、自らの利害を更に追及するための「革命」などは、全くの帝国主義反革命である。
日帝本国に於いて唯一根底的に闘っているのは、流民=日雇労働者である。彼らは、完全に使い捨て、消耗品として強制され、機能付けられている。安価で、使い捨て可能な、何時でも犠牲にできる労働者として強制され、生活のあらゆる分野で徹底的なピンハネを強いられている。
⑸(前略)日帝本国中枢におけるベトナム革命戦争の展開ではなくて、「ベトナムに平和を」と叫んでしまう。米帝反革命基地を黙認し、日帝ベトナム特需でわれわれも腹を肥やしたのである。支援だとか連帯だとかを叫ぶばかりで、日帝本国中枢における闘いを徹底的にさぼったのである。ベトナム革命戦争の挫折によって批判されるべきはまずわれわれ自身である。
⑹われわれに課せられているのは、日程を打倒する闘いを開始することである。法的にも、市民社会からも許容される「闘い」ではなくして、法と市民社会からはみ出す闘い=非合法の闘い、を武装闘争として実体化することである。自らの逃避口=安全弁を残すことなく、"身体を張って自らの反革命におとしまえをつける"ことである。反日武装闘争の攻撃的展開こそが、日帝本国人の唯一の緊急任務である。(後略)

⑺ (省略)

東アジア反日武装戦線“狼”『腹腹時計「都市ゲリラ兵士の読本」 vol.1』

 

 

 狼の活動も踏まえながら、この文面に現れる、狼の思想的特徴を主に二つの点から整理していこう。予め言っておけば、彼らの思想は、見事なほどに1968年の展開を踏まえていて、現代性を帯びている。しかし同時に、現代の左翼運動には見られない様な特異性も存在している。

 

・理論における非マルクス主義性 ―プロレタリアートとルンプロ―

 まず第一に目に付くのは、彼らがマルクス・レーニン主義を謳っていない点である。以上のメッセージ文には、マルクスレーニンという単語が全く出てこない。当時の左翼運動の世界にとって、マルクスは聖書みたいなものだから、たとえ実際にやっていることがどれだけマルクスとかけ離れていたとしても、こじつけの論理で、自分の活動をマルクス主義的に言うものであるが、“狼”は違う。違う文章では、明確にマルクスの思想を拒絶し、批判する文章も出している。(その文章の出典は失念してしまった。書かれていたことを大雑把に要約すると、「マルクス主義は、生産力の無限の発展を前提とするが、地球の資源は有限なので、一定の所で生産力の成長はストップする。」ということであった。何とも“SDGs”感のする議論である。意外かもしれないが、昔のマルクス主義者、というか昔の左翼は、科学の進歩を素朴に信じているので、基本的には原子力発電推進派であったし、環境問題とかに鈍感であった。“狼”の着眼点の、なんと先駆的なことか‼)

 

 実際、マルクス主義との決別は、マルクスという人物名を出していないという形式面だけでなく、内容面においても明らかである。それは、プロレタリアートとルンプロの扱いを見るとわかる。

 マルクスは、『共産党宣言』の中で、〈革命〉の観点に立って、プロレタリアートを革命主体と規定して、ルンプロを反革命的と表現したことは前述した。最近のマルクス主義者はここに改変を加えて、ルンプロとプロレタリアートを一緒くたに、革命の主体だという風に言うことが多い。(その際は、『共産党宣言』で言われていたルンプロとは、やのつく職業のことであって、決して下層労働者ではない、ということが述べられることが多いようだ。)

 しかし、“狼”は、マルクスとも、最近のマルクス主義者とも決定的に異なる。

 まずは、ルンプロについて「日帝本国に於いて唯一根底的に闘っているのは、流民=日雇労働者である」と断固肯定し、徹底的にルンプロの観点に立とうとする。それだけなら最近のマルクス主義者も言いそうなことだが、次のことは、仮にもマルクス主義者である限りは口が裂けても言えないことだろう。それが⑵で言われている、日帝本国における労働者の「闘い」=賃上げ、待遇改善要求などは、植民地人民からのさらなる収奪、犠牲を要求し、日帝を強化、補足する反革命労働運動である」という記述だ。本来、最も革命的な活動の一つと思われていた、プロレタリアートの団結と、そこから生じる賃上げ闘争をも、“狼”は、ルンプロに対して加害的であると糾弾する。

 ここで、“狼”は徹底的に『共産党宣言』と対立してしまう。つまり、共産党宣言』は、「プロレタリアート=革命的」、かつ「ルンプロ=反革命」と捉えていた。しかし、68年によるマルクス主義の崩壊と、存在の加害性という事実を、余りにも重く受け取りすぎてしまった“狼”は、「プロレタリアート反革命」、かつ「ルンプロ=革命」として、完全に『共産党宣言』を転倒してしまうのである。

 当時、“狼”がこうしたスタンスを出したのはどう考えても特異的だ。しかし、今でこそ労働者の運動に基盤を置かない左翼、つまり文化左翼、蔑称的に言えばポリコレ左翼というのは、メジャーになってきている面がある。そういった意味で、余りにも過激すぎる観念ではあるが、“狼”の依拠する感性は、明確に現代的な左翼運動の感性と共通している面がある。

 

・存在の耐えられない反革命性 ―〈革命〉/〈理論〉から、〈個人〉/〈実存〉へ―

 前節においては、“狼”が依拠する革命理論が、全くマルクス主義的ではなく、寧ろ現代のポリコレ的であるということを書いた。一方、この節で書くのは、そうした理論そのものの立ち位置が、“狼”においては、それまでの左翼とは異なっているということだ。それを理解するには、『腹腹時計 特別号1』に書かれた文章の一部を引用することに加えて、“狼”の宣言文を部分的に再度引用した方が良いだろう。

 

高まいな理論が必要ではない訳です。

 (中略)

 感性的な鋭さ(ここで言う“感性”とは、確立するものとしての原始共産制的価値観、世界観から発動されるものということになると思います。)こそが、反日兵士の最も基本的で重要な条件であり、そしてその上で、武装闘争を自らが担うという固い決意であると思います。感性的に鋭いということは、不正に対する怒りを非妥協的に堅持し続け、道理・正義を追求し続けるということですから、自らが武器を手にして戦うことを当然とする訳ですが、歴史的に正義に向かう(革命に向かう)武器から“疎外”され続けてきた日帝本国人(反革命侵略のための武器は手にしたことがあるのですが)は、権力と戦うためには武器を手にすることに一大決心が必要なので、段階を踏んで考えてみた訳です。

東アジア反日武装戦線“狼”『腹腹時計 特別号1』

 

 

⑹われわれに課せられているのは、日程を打倒する闘いを開始することである。法的にも、市民社会からも許容される「闘い」ではなくして、法と市民社会からはみ出す闘い=非合法の闘い、を武装闘争として実体化することである。自らの逃避口=安全弁を残すことなく、"身体を張って自らの反革命におとしまえをつける"ことである。反日武装闘争の攻撃的展開こそが、日帝本国人の唯一の緊急任務である。(後略)

東アジア反日武装戦線“狼”『腹腹時計「都市ゲリラ兵士の読本」 vol.1』

 

 

 彼らが大事にするのは〈理論〉ではない。〈感性〉なのである。彼らは、〈理論〉ではなく、〈感性〉から、〈革命〉を成し遂げられるとしている。

 しかし、僕はどうしてもこうした説明には納得いかないところがある。僕の恣意的な歪曲かもしれないが、それでも、この文章を読むと感じてしまうことは、ここで〈理論〉と共に捨てられているのは、〈革命〉/〈社会〉という観点をスタート地点に据えることそのものなのではないだろうかということだ。彼らが感じているのは、徹底的に〈革命〉からは疎外された位置に存在してしまっている〈個人〉/〈実存〉である。

 そうした空虚な〈個人〉/〈実存〉が、“狼”のスタート地点だ。

 〈個人〉/〈実存〉から、〈革命〉/〈社会〉に近づかなければならないが、その時必要なのは〈感性〉だ。もっと過激な言葉を使えば、「自らの逃避口=安全弁を残すことなく、"身体を張って自らの反革命におとしまえをつける"」ことこそが必要なのだ。

 この一文は余りにも衝撃的だ。本来は、〈革命〉から疎外されてしまった自分ごときの存在が、身体を張ったところで、〈革命〉には関係ないはずであろう。しかし、彼らには、自分が〈革命〉から疎外され、むしろ抑圧する側の存在でしかないことに、〈実存〉的にいらだっていた。だから、彼らは、空虚な〈個人〉/〈実存〉を破壊することで、存在の反革命性に“おとしまえ”をつけようとしたのであり、“おとしまえ”をつける方法こそが、彼らにとっては、非合法の爆弾闘争であったのであろう。〈革命〉/〈理論〉という観点から、“仕方なく”非合法なことを行うのではない。むしろ、爆弾闘争は、それが非合法であり、自らの身をリスクにさらさなければならないからこそ、“狼”を悪魔的魅力で惹きつけたのだと僕は思う。

 とにかく、マルクス主義的な〈革命〉〈歴史〉〈社会〉の観点は反転されて、“おとしまえをつける”という、極めて〈個人〉/〈実存〉的な話へとシフトするのである。そういった意味で、反日武装戦線が抱えている思想は、過剰に倫理的な道徳主義であり、その過剰さは宗教的とすら言えるかもしれない。

 

 こうした、“命がけの自己否定”というのは、反日武装戦線の特異性だろう。

 彼らが依拠する理論は、非常に現代的である。しかし、その理論の中では、革命において日本のプチブル大学生が占める役割は、あらゆる意味で全く存在しない。何故なら、〈社会〉/〈革命〉の観点から、どれほど高邁な理論をたれたところで、そんなものには何の意味もないし、加えて、日本のプチブル大学生である時点で、反革命的な加害者性を抱えこんでしまっているからだ。

 ポストモダンにおける政治とは、そういう理論的状況だから、若者は、自意識が過剰であればあるほど、負荷に耐え切れず脱政治化されてしまう。

 しかし、東アジア反日武装戦線は違った。身を捧げる〈革命〉/〈理論〉は存在しなくなったにも関わらず、寧ろそれ故に、“命がけの自己否定”をして、〈個人〉/〈実存〉を、強引に〈革命〉へと接近させようとするのだ。ここにあるのは、極度に過剰な政治的観念がこびりついてしまった、〈個人〉/〈実存〉である。

 存在としては政治性を書いてしまったが故に、逆に、〈個人〉/〈実存〉にパラノイア的にこびりつく、極度に過剰な政治的観念。これこそが、現代的な、脱政治化された〈個人〉とも異なる、“狼”の特異性であろう。

 

④まとめ

 異常に長い記事になった。絶対に自分以外の人間が読まない様な自慰行為みたいな記事である。

 68年の歴史的展開を確認した後、反日武装戦線の活動と、その思想の現代性と、同時に抱える、そこからも逸脱した特異性とを記してきた。

 最後に自分が感じたこととして書いておきたいのは、目的と手段の関係である。

 例えば毛沢東は「革命はディナーパーティーではない」、スターリンは「卵を割らなければオムレツは作れない」と言った。これらは二つとも、〈革命〉という大義の下では政治的残忍性が許されるということを意味する。政治的な文脈を脱色して陳腐に表現すれば、目的は手段を肯定するということを意味している。

 大抵の政治犯は、良きにしろ悪しきにしろ、こういう考え方がある。だから、政治犯を批判するには、そうした驕りを批判すればいいだけだ。

 しかし、反日武装戦線は、その論法では批判できない。それどころか、反日武装戦線こそが、僕たち小市民に、「目的によって手段を正当化するな!」という、強烈な非難を浴びせている。つまり、反日武装戦線は、我々の市民社会という“目的”のために、第三世界の惨状が“手段”として肯定されてしまっている現実に我慢できずに、爆弾闘争を展開したのだ。

 だからこそ、彼らのテロを批判するならば、通常の政治犯に行う批判を反転させなければならない。つまり、革命という大義は“目的”として機能しないが、一方、健全な市民社会という“目的”のためなら、第三世界の惨状は肯定されるのだと言わなければならない。僕はこれを言うことも出来ないし、かと言って、爆弾闘争を肯定する気にも、勿論自分が行う気にも全くなれない。なんとも憂鬱な気分である。

 とにかく、認めなければならないのは次のことだろう。

 

日帝は、三六年間におよぶ朝鮮の侵略、植民地支配を初めとして、台湾、中国大陸、東南アジアなども侵略、支配し、「国内」植民地として、アイヌモシリ、沖縄を同化、吸収してきた。われわれはその日本帝国主義者の子孫であり、敗戦後開始された日帝新植民地主義侵略・支配を、許容、黙認し、旧日本帝国主義者の官僚群、資本家共を再び生き返らせた帝国主義本国人である。これは厳然たる事実であり、すべての問題はこの確認より始めなくてはならない。

 

 この事実を前提にしてしまえば、どんな左翼的理念も空虚なゴミクズになってしまう。しかし、これを無視して素朴に〈革命〉/〈歴史〉の観点を謳うことは、ソ連崩壊以降最早犯罪的なことと言える。ここに、現代の左翼の閉塞が存在している。

ブルーハーツの非政治的な政治活動性  僕や君や彼等のため‼‼

 ブルーハーツが好きである。特に、ファーストアルバムの、「THE BLUE HEARTS」が好きである。

 僕はもともと音楽にそこまで拘りはなく、かつ、音楽のセンスで周りと差別化を図ろうなんて気もなかった。フツーにみんなと同じ音楽を聴いて盛り上がりたいタイプだから、その時友達が聞いている音楽を何となく聴いていた。ラッドや宇多田ヒカル東京事変といった、JPOPの超大物も聴いてたし、高校生の頃に、“外部から電撃的に到来”した、ヒップホップムーブに乗っかって、唾奇なんかも聴いていた。どのアーティストの曲も、普通に良い曲だなあと思うが、逆にそこまで熱中することもなかった。ピンとくることがなかったのである。

 しかし、ブルーハーツは違った。“ピンときた”のである。元々、サッカー部のエースみたいなやつが聴く音楽と思っていて、文化部の自分には合わないだろうと偏見を持っていたが、いざ聞いてみるとドはまりしたわけである。

 今回の記事では、そんな、世代が三つくらいズレているのに、今更ブルーハーツにハマってしまった自分が、ブルーハーツ論を今更書いていく。予め結論から言えば、「ブルーハーツは青春パンクじゃないし、“政治的”なバンドでもない!内容のない“政治活動的”なバンドであり、それが最高なんだ!」という話であって、それを長々書くだけである。

 

 

 

 

①青春パンクの起点なんかじゃない

 ブルーハーツは、最近で言うと、サンボマスター、銀杏BOYSあたりに代表される様な、“青春パンク”の走りだと説明されることが多い様に感じる。その説明は多分、大体こんな感じだ。

 

 “ブルーハーツのヒットは衝撃だった‼シンプルなパンクロックのサウンドに、自分の思いの丈を等身大にそのまま歌詞にするという、それまでタブーとされてきたことが、あんなにもカッコいいことを証明したのだ‼ブルーハーツ以降、彼等に影響を受けたバンドが、若者の青春の喜怒哀楽をストレートに歌う、青春パンクというジャンルを作り出したのだ‼‼”

 

 こんな感じで語られるに違いない。

 しかし、僕はこの説明が気に食わない。別に、青春パンクをディスりたい訳じゃない。僕が違和感を持つのは、ブルーハーツと青春パンクを、あたかも同じジャンルであるかのように語っていることだ。この二つには、余りにも大きすぎる断絶がある。JPOPとして優れているあいみょんと、クラシックとして優れているベートーベンとが、ジャンルが違いすぎて優劣がつけられない様に、ブルーハーツと青春パンクも、根本的にジャンルが違う気がするのだ。

 

 まずは、ブルーハーツと青春パンクの、僕が感じる決定的な違いを記す。そしてその後、ブルーハーツと、ブルーハーツ以前のパンク、つまり、日本のスターリンに代表される様なハードコアパンクとの比較も交えながら、ブルーハーツとは何なのかを考えて行きたい。

 

 

②痛みの有無

 ブルーハーツの曲調は、シンプルで、明るい。だから、“元気になる!”とか、“優しい気持ちになれる!”とか評価されて、青春パンクと同じジャンルだとみなされる様になるわけである。しかし、ブルーハーツの歌詞は、聴けば聴くほど、結構暗い部分を感じる。

 

でたらめばかりだって 耳をふさいでいたら

何も聞こえなくなっちゃうよ

外は春の雨が降って 僕は部屋で一人ぼっち

夏を告げる雨が降って 僕は部屋で一人ぼっち  

                『ハンマー』

 

 

僕がオモチャの戦車で戦争ごっこしてた頃

遠くベトナムの空で 涙も枯れていた  

                『ラインを超えて』

 

 

それでも僕はだましたり モノを盗んだりしてきた

世界が歪んでいるのは 僕のしわざかもしれない

 

過ぎていく時間の中で ピーターパンにもなれずに

一人ぼっちがこわいから ハンパに成長してきた

なんだかとても苦しいよ 一人ぼっちでかまわない

キリストを殺したものは そんな僕の罪のせいだ

                『チェインギャング』

 

 

 都市の中で、世界が自分にとってよそよそしいものとして感じられ、孤独を感じている。要するに、近代文学が永遠に語り続けてきた、“疎外”の痛みを、今更、ベタに歌うのがブルーハーツだ。(こういう、“自分だけが少数派として疎外されている”という定型的な悩みは、都市に住んでる人間の七割くらいが感じている、普遍的な悩みだろう。だからこそ良いのだ。ブルーハーツは、あくまでJPOPだ。ニッチでマニアックな悩みなんかをJPOPで歌われても困る。)

 個人的には、“ドブネズミみたいに美しくなりたい”という有名すぎるフレーズも、こうした痛みの先に出てくるものとして考えた方が良いと思う。普通に考えて、ドブネズミは美しくない。滅茶苦茶汚い。しかしそれでも、疎外されてきた自己存在への、ある種の開き直りとして、美しいというフレーズが出てくるのだ。だから、“ドブネズミみたいに美しくなりたい”というのは、そういう痛み抜きで、単なる逆張りしたい軽薄な厨二病が使うフレーズじゃない。ブルーハーツは疑う余地なく厨二病だが、もっとカッコいい厨二病だ。“ドブネズミは汚い”という痛み、自己否定を、どこまでも突き詰めた結果として、“ドブネズミは美しい”という感性が出てくるのだ。

 少しわき道にそれたが、ここで僕が言いたいことは、ブルーハーツには痛みの感覚が露骨すぎるほどストレートに出ているが、青春パンクには痛みの感覚がない、ブルーハーツ信者らしく言い換えれば、“ドブネズミ”の観点が決定的に欠如しているということだ。青春パンクは、若者が、フツーにクラスの中で、友情や恋に生きていく青春を素朴に肯定し、応援している。これに対してブルーハーツは寧ろ、何となくそれに違和感があり、そこから疎外されてしまった人間の音楽なのだ。だから、サウンド的にどれだけ似ていても、ターゲットは全く真逆の相手なのである。確かに、歌詞的にも、思いの丈をストレートに乗せるという点は共通しているが、思っていることの内容が真逆なのだ。

 

 しかし、ただ“痛み”を抱えていれば、それがブルーハーツなのかと言われれば、決してそうではない。どちらかというと、芸術のジャンルの中で、疎外の痛みをあれほど感じさせないのは、青春パンクが特殊なのである。

 例えば、ブルーハーツ以前のジャパニーズパンクで、最も影響力が強いのは恐らく「スターリン」という、遠藤ミチロウ率いたバンドだろうが、スターリンが抱える痛み、そして、リスナーに突き付ける痛みの方が、ブルーハーツよりもずっとラディカルである。

 

あたまのほうがメチャクチャだよ ザクロになってメチャクチャだよ

グチャグチャグチャグチャグチャグチャ……

単純なくせに数だけ多い ゴキブリみたいに数だけ多い

ウジャウジャウジャウジャウジャウジャ……

                   『アレルギーα』

 

 

 こうした歌詞が、JPOP的な軽快なサウンドではなく、まさにハードコアパンクといった、ドロドロして不愉快な爆音で歌われるのだ。スターリンの痛みの方が、ブルーハーツの痛みの何十倍も、重く突き刺さるに違いない。

 だから、スターリンが好きな人は、ブルーハーツを中途半端なパンクとして、あんなのパンクじゃないと切り捨てる。つまり、彼等によると、スターリン的“ハードな痛み”と、青春パンク的な“爽やかさ”の中間に位置するブルーハーツは、いわば“マイルドな痛み”なのである。“本当のパンク”=“ハードコアパンク”から、“偽物のパンク”=“青春パンク”への橋渡し的存在が、ブルーハーツだったとするのだ。

 ブルーハーツは、日本のロックを弱毒化してしまったという面は、現在の地点から文脈を振り返ると確実に存在する。しかし、ブルーハーツはそれだけのバンドではない。ブルーハーツ、特に、ファーストアルバム「THE BLUE HEARTS」には、ハードコアパンクにも持ち得なかった一つの特質があると思う。

 それが、ブルーハーツの“オルグ”性、しかも、主義主張を持たない“無内容のオルグ”性である。これこそが、ブルーハーツブルーハーツたらしめたのだ。

 (オルグとは、政治団体が、自身の党勢拡大のために、人を勧誘することを意味する。政治運動用語で、特に左翼がよく使う。)

 

 

③不在/未来の仲間への呼びかけ ―終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため‼―

 この辺になると、青臭すぎて、書くのがガチで恥ずかしくなってくる。しかし、ブルーハーツの青臭さは、類似のバンドから見ても突出した、素晴らしい青臭さなのだ。ブルーハーツを語るとは、そういう青臭さを肯定するということなので、恥ずかしがらずに、厨二病全開で頑張って書いていこう。

 (それと、この章では、ブルーハーツの“僕等/僕たち”という主語について語るが、文章を書いている自分の一人称も、「僕」なので、混乱させるかもしれない。ブルーハーツの”僕等“について語りたいときは、ダブルクォーテーションマークで必ず強調します。)

 

 “無内容のオルグ”性を説明する為には、ブルーハーツが、特にそのファーストアルバムで、余りにも無邪気に多用する主語、“僕等/僕たち”という、一人称複数形について考察するのが良いだろう。

 ファーストアルバムの一曲目、『未来は僕等の手の中』のサビは、以下の様な歌詞だ。

 

未来は僕等の手の中‼

誰かのルールはいらない 誰かのモラルはいらない

学校もジュクもいらない 真実を握りしめたい

僕等は泣くために 生まれたわけじゃないよ

僕等は負けるために 生まれてきたわけじゃないよ

                  『未来は僕等の手の中』

 

 

 疎外、孤独と、そこからの決意を歌った、“いかにも”な歌詞である。

 しかし、重要な問題は次の問題だ。“僕等”とは、一体誰なのか?

 一つ、明確な答えとしてあり得るのは、“僕”というのは、これを歌っているブルーハーツのことで、“僕等”というのは、ブルーハーツと、ブルーハーツファンが作る共同性のことだという解釈だ。この解釈では“僕等”とは、アーティストとファンの共同性であり、これを、“音楽的な僕等”と表現しよう。

 ブルーハーツが歌を歌うことによって初めて、アーティストとファンの間に、関係性が生じていく。よくあるラブソングの様に、アーティストは作品世界上の“僕と君”を、ファンは自身の現実生活における“僕と君”を、それぞれ別々に想像しているだけでは、絶対に出てこない関係性を作り出している点で、“音楽的な僕等”は素晴らしい。

 しかし、この解釈ではまだ、ブルーハーツの独自性は出てこない。こういう“音楽的な僕等”は、(多分青春パンクにはないだろうが、)スターリンハードコアパンクが良く使う手法だからである。といっても、スターリンの場合は、ファンのことを、“お前”と呼び、“お前”が如何にクズで醜いかを直接語り掛けるという様な、歪んだ共同性を構築しているのだが……。

 ともかく、“僕等”を、音楽的にしか解釈できないとすると、ブルーハーツの主語の独自性は出てこない。ブルーハーツの独自性を理解するには、この、“音楽的な僕等”と重なり合う形で、音楽の外側に存在する広大な現実における、“政治活動的な僕等”という意味があることに着目しなければならない。

 

 “政治活動的な僕等”は、アーティストとファンという、ライブの中でしか存在しない関係性ではない。“僕”は、聴いているファン自身である。では、“僕等”は、“僕”と、誰によって形成されるのか。

 それを見るために、ファーストアルバムの五曲目、『街』の歌詞を引用しよう。

 

アスファルトだけじゃない コンクリートだけじゃない

いつか会えるよ 同じ涙をこらえきれぬ友達と

きっと会えるよ

 

毒ガスばかりじゃない ドロ水ばかりじゃない

いつか会えるよ 同じ気持ちで爆発しそうな仲間と

きっと会えるよ

 

その時 おまえには 何が言えるだろう

その時 友達と 何を話すだろう

(中略)

いつか見るだろう 同じこぶしをにぎりしめて立つ人を

きっと見るだろう

 

その時僕たちは 何ができるだろう

右手と左手で 何ができるだろう

                        『街』

 

 

『街』で歌われる“僕たち”とは、この楽曲を聴いている“僕”と、現実の世界に存在する筈の、“同じ気持ちで爆発しそうな仲間”のことだ。つまり、“僕たち”とは、近い将来結ばれると予感されている共同性のことを意味している。

 注意しなければならないのは、この“僕たち”は、確かに、音楽の外部である、現実世界で結ばれる共同性だ。しかしそれは、例えば青春パンク的な、「一人ぼっちだと思いこんでいたけど、周りを見渡すと支えてくれる仲間がいたよ‼」という様な共同性では断じてない。その真逆である。前章で確認したように、今現在“僕”は、孤立し、疎外を抱えていて、周りを見渡せば見渡すほど、どんどん疎外を深めていくのである。それが、『街』の冒頭の、“アスファルトだけじゃない コンクリートだけじゃない”という歌詞の意味だ。見渡す限り、コンクリート、つまり疎外された世界しか、立ち現れてこないのである。

 だから、ここでの“僕たち”を形成しているのは、“僕”と、“不在の仲間”である。不在の仲間は、疎外されていない世界がどこかにあるかもしれないという、予感として存在しているに過ぎない。“不在の仲間”は、“いつか”、“その時”に出会えるかもしれない、不確実な“未来の仲間”と言い換えることも出来る。ブルーハーツは、“僕”と、“不在/未来の仲間”という想像の上でしか存在しない他者を、無理矢理“僕たち”という主語で括っているのである。

 

 何故、そんな暴力的で曖昧な主語を、ブルーハーツは使えたのか。それは、ブルーハーツが、単なる音楽以上、つまり、“政治活動的”な音楽だったからだ。ブルーハーツの“僕”は、オルグをしようという強烈な意志がある。だから、不在の仲間が、どこかに実在するかのように歌うことができたのである。

 代表曲の一つ、『終わらない歌』のサビは、こんな歌詞である。

 

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため

終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために

終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため

終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

                   『終わらない歌』

 

 

 “終わらない歌を歌おう”は、極度に“政治活動的”である。つまり、いつまでもアジテーションを続けて、新しい仲間をオルグし続けようという意味だ。終わらないオルグを宣言しているからこそ、仲間がいつか現れることをブルーハーツは確信できる。

 又、この、“僕や君や彼等”には、ブルーハーツの核心がつまっている。ここまで、散々こじつけっぽいことを語ってきたが、全てはこの“僕や君や彼等”によって立証される。

 “僕や君”は、音楽的に解釈すると、“僕”=ブルーハーツ、“君”=ファンだろう。或いは、政治活動的に解釈するならば、“僕”=ファン自身、“君”=“僕”の今の友達、だ。

 では、“彼等”とは、誰なのか。

 この“彼等”とは、音楽的に解釈すれば、ブルーハーツを知る機会が無いから好きになっていないだけの潜在的なファン、政治活動的に解釈すれば、まだ出会っていないだけの潜在的な仲間である。いずれにせよ、“彼等”は、今はまだ存在しないが、いずれ出会うはずの人間のことであり、“僕や君や彼等”とは、いつか未来に築かれるだろうと予感されている共同性以外に解釈できない。

 終わらないオルグを、謎のテンションと熱量で宣言することによって、無理矢理、予感としてしか存在しない不在の共同性をも、現在既に存在する共同性の様に錯覚させてしまう。この荒業こそが、ブルーハーツの核心なのだ。

 

 この章では、徹底的に、ブルーハーツの主語、“僕等”に拘ってきた。いくつかの楽曲の引用を通して僕が言いたかったことは、初期ブルーハーツの、オルグ性、言い換えれば、政治結社性である。普通、音楽に限らず芸術は、政治活動的なオルグと対立している。つまり、ライブハウスで、或いは自室で、閉鎖的な環境でひっそりと、好きな人間だけが消費することを前提に構築される。こうした芸術的価値観は、好かれようが嫌われまいが、とにかく外の世界に出なければならないとする、政治活動的な価値観は真っ向から対立する。ブルーハーツは、自身が音楽にも関わらず、この二つの価値観の対立において、何故か、後者の政治活動的な価値観を取ったのである。特にファーストアルバムは、オルグして、“僕等”を増殖していこうという精神性が、過剰なほどに組み込まれている。

 

 

④政治的≠政治活動的

 散々、ブルーハーツは「政治活動的」だと、なんの前提も導入せずに言ってきた。この“政治活動的”は、恐らく「政治的」、或いは「社会派」といった言葉と、近い意味で想像されるかもしれない。実際、ブルーハーツは、“今の時代にはいない社会派/政治的なロック”として説明されることが、結構ある。

 しかし、「政治活動的音楽」という、僕が勝手にこの記事で使いだした造語は、一般に言われる政治的とは、明確に異なった意味で使っている。僕の考えでは、ブルーハーツは、余りにも過激に「政治活動性」を持つが、その一方、「政治性」に関しては、非常に希薄である。意図的に放棄していると言って良い。「政治的」と「政治活動的」を区別することで、ブルーハーツオルグ性の、”無内容さ”がわかるだろう。

 

 では、「政治的」と、「政治活動的」というのは、どの様に違うのか。

 政治的というのは、一般的に想像される様な意味で用いている。つまり、何らかの社会問題を取り上げて、それを解決する様に促すもの、或いは、その問題についての思索を促す様なものである。例えば、ブルーハーツで言うと、『青空』は、政治的な名曲と言えるだろう。明確に、少数派民族への差別問題を訴えている。

 言い換えると、政治的な音楽というのは、正義の内容が、具体的な形で特定されているということが特徴だ。ということだ。『青空』は、人種差別撤廃という確固たる正義が、明確に存在している。明確な正義というのは、人種差別撤廃の他にも、反戦平和、反原発、反女性差別等、様々なものがあり得る。所謂「政治的」「社会派」アーティストは、こうした明確な正義を掲げて、それを訴えかけているのだ。

 

 では、「政治活動的」とは何なのか。

 僕がこの記事でこの言葉を使う時、念頭にあるのは、外山恒一『政治活動入門』の記述である。詳しくは自分の感想記事を読んでほしい、というか、『政治活動入門』を読んでほしいが、手短に要約しよう。

 

ほとんどすべての人は、生きていくうえで、何らかの不満や苛立ち、怒りや焦りや、周囲への違和感といった、いわば“生きがたさ”のようなものを抱えてしまうものです。

(中略)すべての個人は、この同じ時代や社会の中に生きているわけですから、ある個人が抱えている“生きがたさ”のうち、時代や社会の状況に原因がある部分については、他の個人と問題意識を共有し、協力して解決の努力をすることが可能です。

この努力が要するに「政治活動」なのです。

                   外山恒一 『政治活動入門』

 

 

 つまり、自身の“生きがたさ”を取り除くために、仲間を見つけて団結して、協力して努力することこそが、政治活動だと外山は言うわけである。だから、政治活動とは、何も選挙に関連する運動だけじゃない。この条件さえ満たしていれば、ビラを撒くのだって、ホームページを作るのだって、サークルを開くのだって、なんだって、「政治活動」なのだ。

 そして、この“生きがたさ”は、言い換えると、“被害者意識”であり、これは、正義とは全く異なったものである。正義とは、三人称的な観点に立った時に発見される、客観的な理想のことだが、一方、被害者意識とは、一人称的な観点に立った時に、痛切に感じる心の痛みである。

 正義と被害者意識の対立を、「政治的」、「政治活動的」との対立も絡めながら言い換えると、次のようになる。つまり、出発点を〈社会〉/〈世界〉に設定するのが、正義感、或いはそれに基づく「政治的」な発想である。一方、〈個人〉/〈実存〉を出発点として、そこを足場にして、〈社会〉/〈世界〉へと発展していくのが、被害者意識、或いはそれに基づく「政治活動的」な発想である。

 確かに、両者はどちらも、〈社会〉/〈世界〉の観点を持っているが、「政治的」は、初めからその様な観点に立つ静的なモデルなのに対して、「政治活動的」は、あくまで〈個人〉/〈実存〉からスタートして、個人が団結していく中で、〈社会〉/〈世界〉を獲得していくという、動的な過程のモデルなのである。

 

 以上、「政治的」と「政治活動的」の区別を、両者が全く真逆のものであるかのように便宜上説明してきたが、実際の所、両者は同時に成り立つものでもある。特に、「政治活動的」は、「政治的」な観点を殆ど必然的に伴う。例えば、ジョン・レノンのイマジンは、「政治的」であると同時に、「政治活動的」である。あの歌は、明確すぎるほどに反戦平和という正義を掲げている。そして、そのことを、あくまで〈個人〉/〈実存〉の形から呼びかけるという形をとることによって、オルグ性を伴った「政治活動的」な楽曲にもなっている。(I hope someday you’ll join us…)

 

IMAGINE. (Ultimate Mix, 2020) - John Lennon & The Plastic Ono Band (with the Flux Fiddlers) HD - YouTube

 

 考えてみれば当たり前の話である。〈社会〉/〈世界〉の観点を謳う正義を掲げなければ、何をシンボルに集団性を形作るのだろうか。

 

 ここで、本題のブルーハーツに戻ろう。もうわかると思うが、ブルーハーツは、徹底的に「政治活動的」ではあるが、全く「政治的」ではないのである。再度、前掲の曲を引用しよう。

 

誰かのルールはいらない 誰かのモラルはいらない

学校もジュクもいらない 真実を握りしめたい

僕等は泣くために 生まれたわけじゃないよ

僕等は負けるために 生まれてきたわけじゃないよ

                   『未来は僕等の手の中』

 

 

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため

終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために

終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため

終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

                   『終わらない歌』

 

 

いつか見るだろう 同じこぶしをにぎりしめて立つ人を

きっと見るだろう

その時僕たちは 何ができるだろう

右手と左手で 何ができるだろう

                   『街』

 

 

 なんて自分勝手で、なんて主観的な被害者意識だろうか。そうした生きがたさを持つ人間を、客観的正義を掲げてオルグするのではなく、“全てのクズ共”という、なんとも曖昧な言葉を用いて、主観的生きがたさの水準にとどまったまま、オルグしようとしているのだ。ブルーハーツにとって、正義なるものは、生きがたさを軸に取りあえず集合した後に、その集団の内部で事後的に形成していくものなのだ。だから、『街』で歌われる様に、“その時僕たちは何ができるか”というのは、全く不明なのだ。

 つまり、共同性と正義との、時間軸上の前後関係について、「政治的」かつ「政治活動的」な『イマジン』と、ただ「政治活動的」なだけのブルーハーツは対照を成す。『イマジン』は、正義が先行して、それを軸に共同体が作られる。しかし、ブルーハーツは、共同体が先に存在していて、それを軸に正義が形成されていくのである。そうした点で、多少強引な形ではあるが、『イマジン』を共産党的、ブルーハーツムッソリーニ的と言うことさえ可能だろう。ムッソリーニについても、同様に『政治活動入門』第五章参照、自分のブログでも雑にまとめている。

 

 この様な、実現すべき正義を持たないにも関わらず、生きがたさという一点を強引に主張することで行われる、無内容で空虚なオルグ。そんな、冷静に考えると矛盾しまくっている最悪のことを、謎のテンションと情熱でゴリ押しする。それこそが、「政治活動的な、あまりに政治活動的なJPOP」としての、ブルーハーツだったのだ。

 

 

ブルーハーツのその後

 徹底的に「政治活動的」であるにも関わらず、ジャンルとしてはアーティストという矛盾を抱えたブルーハーツは、その後、活動をどの様に展開していくのだろうか。

 結論から言えば、彼等は転向したわけである。それは何も、よく言われる様な、「アツい音楽からシュールな音楽へ」ということではない。後期ブルーハーツ、或いはそれ以降のハイロウズクロマニヨンズも、基本的にアツい音楽が多いと思うが、そのアツさの質において、大きな転向をしているのだ。

 転向の具体的内容を見るために、後期ブルーハーツの代表曲の一つ、『月の爆撃機』の冒頭を引用しよう。

 

ここから一歩も通さない 理屈も法律も通さない

誰の声も届かない 友達も恋人も入れない

                 『月の爆撃機

 

 

 「政治活動的」だったころの初期ブルーハーツは、“未来の仲間との接続”がメインテーマだったことは、繰り返し強調してきた。しかし、『月の爆撃機』の冒頭で歌われているのは、“現在の仲間との切断”である。「友達も恋人も入れない」ところへと、自らを疎外していく力学が、後期ブルーハーツには存在する。いわば、後期ブルーハーツは、「芸術的」なブルーハーツなのだ。

 このラジカルすぎる転向は、次のように言い換えることも出来る。

〈個人〉/〈実存〉の孤独から、それを乗り越えて、〈社会〉/〈世界〉そのものへと向かおうとするエネルギーを歌ったのが、「政治活動的」な初期である。一方、〈社会〉/〈世界〉に内属している地点から、むしろそれを切断して、〈個人〉/〈実存〉へと走っていったのが、「芸術的」な後期である。「政治活動的」なアーティストという矛盾から、芸術として良質な音楽を作る、「芸術的」なアーティストという、当たり前の所へと転向したのだ。

 僕は、この転向を断固肯定する。売れていなくて、何の地位も確立していない若者が、未来の仲間との接続を歌うというのが、初期ブルーハーツだった。しかし、いざそれがヒットして、アーティストとしての盤石すぎる地位を獲得し、接続過剰なくらいに多くのファンを獲得してしまってからも、接続の歌を歌ってしまえば、それは単なる虚偽であり、ビジネスでしかない。それをやってしまえば、初期の楽曲さえビジネスとしてしか感じられなくなっていたかもしれない。この転向は、ブルーハーツの誠実さの現れだ。

 そういった意味で、僕はブルーハーツの転向を肯定する。

 

 しかし、転向のやり方はもう一つあったかもしれない。

 “政治活動的なアーティスト”という矛盾に耐えきれなくなったブルーハーツは、この矛盾において、後者の項を取って、芸術的なアーティスト、つまり通常のアーティストになることを選んだ。しかし、ここで前者を取るという選択肢もあり得たはずだ。つまり、アーティストであることを辞めて、政治活動的な結社を実際に作ってしまうということだ。文字通りの政治活動、或いは宗教団体を作って、実現すべき正義に向かって邁進し続けるという選択肢だ。

 これは別に冗談で言うのではない。実際に、ベーシストの河口純之助が、ブルーハーツ活動の後期から、幸福の科学に入信して、それがブルーハーツ解散の大きな理由となったということは余りにも有名な話だ。河口は幸福実現党に立候補すらしている。また、ドラムの梶原徹也は、ブルーハーツ入会前から、仏教系の新興宗教阿含宗の信者であった。(ブルーハーツと宗教の関係についてはこれ。)

 

 三世代遅れて今更ファンの自分としては、初期ブルーハーツのアルバムが好きなだけで、別に信仰心があるわけじゃない。だから、ブルーハーツが、普通のアーティストに転向して、その後も良い音楽をたくさん作ってくれたことが、一ファンとして素直に嬉しい。しかし、この転向は、初期ブルーハーツの文字通りの“信者”にとっては、非常にショックだったはずだ。あれだけ、“その時僕たちは何を話すだろう”とワクワクさせられてしまったのだから。

 

 

⑥まとめ

 長々と語ってきたが、滅茶苦茶要約すると、今更聞いてもブルーハーツは素晴らしいということだ。

 ブルーハーツのアツさは、ストレートなアツさじゃない。無内容なオルグという矛盾を悟られないために、謎の情熱でゴリ押す。そういう屈折したアツさだ。

 クールに資本主義に適応していくか、或いはキモオタに成り下がることが、何故か、多様なライフスタイルの一つとして認められてしまう現代社会。しかし、それに逆らおうにも難しい。確固たる大きな理念に頼れず、「政治的」な大きな正義を掲げることも最早出来ないから。

 そういう社会の中だからこそ、今更聞いたとしても、ブルーハーツの屈折したアツさにドンピシャでハマる人はいるはずだ。

 蛇足だが、現代、当該性を帯びた社会運動、市民運動ではなく、観念的な政治活動、学生運動が、もしも再起し得るとすれば、それは、ブルーハーツ的に、主義主張を持たないまま、”終わらない歌を歌おう”と決意して、無内容なオルグを謎の高いテンションで実行するということが必要だと思う。自分もやらなければならないと思う。

竹田青嗣 『現代思想の冒険』 まとめ④と全体の感想 バタイユ、竹田的哲学

 竹田青嗣現代思想の冒険』のまとめ④である。まとめ①まとめ②まとめ③の続きである。今記事が『現代思想の冒険』に関する最後の記事になるので、全体の感想も含めて書いていきたい。

 

 

 

 

終章 エロスとしての世界

 

バタイユ

 ハイデガーは、人間の欲望の本質的なものを「良心」というかたちで表現した。しかし、「良心」では、意識的な判断をして、それに従って意志するというニュアンスを持ってしまう。

 しかし、本来欲望とは、理性的判断とは関係なく、有無を言わせずに心を魅惑していくものだから、「良心」という名称はふさわしくない。だから、竹田はそれを、“エロス性”と名称する。以降、“エロス性”という表現が多発するが、それは、異性、或いは芸術、〈美〉に感じるような、狭義の“エロス性”だけでなく、広く欲望を喚起する様な、広義の“エロス性”も含む。

 竹田は、「エロス性」を解明する為に、バタイユを援用する。バタイユは、人間が“幻想”に魅惑されてしまう原因を次のように説明する。人間は、その生が、一度限りで、交換不可能な「非連続」的な存在である。これは、人間は、決して〈他者〉と通じ合うことはできないということを意味している。だから、人間は「孤独」であり「絶望」するのだ。

 「孤独」であり、「絶望」した人間は、それを打ち消そうとして、無意識的に「連続性」を欲望することになる。その結果、人間社会は、「連続性」を示すメタファーで溢れることになる。

 バタイユ曰く、「連続性」の最も端的なメタファーは、〈死〉である。一般的には、〈死〉こそ、非連続性の象徴なのだが、“だからこそ”、大きな生命の流れや、「聖なるもの」への合一を意味する場合が多いのだ。

 この様なバタイユの仮説から、近代―現代思想の文脈にとって重要なものを引き出せる。欲望の本質性がエロス性ならば、それは、「絶望」や「孤独」といったものを、打ち消して“隠蔽”するという否定的作用を持つというよりも、それを“乗り越え”ようとする積極的作用を持つのではないかというものだ。両者の違いは、前者がルサンチマンの色合いを帯びるものだとしたら、後者がそうした否定的な色合いを帯びない、人生を色づける様なものとして、欲望が捉えられているということだ。

 こうしたバタイユの考えは、ハイデガーと類比できる。ハイデガーは、実存の意味として「死への先駆」を重視するのに対して、バタイユは、欲望の根源として「死の乗り越え」を重視したと言えるだろう。

 

竹田青嗣

 以上、本書で行われた、近代―現代思想を通じて為されてきた、〈社会〉と〈人間〉との関係性の考察について、著者・竹田青嗣はどの様に答えるのだろうか。竹田は、両者のもつれた関係を、まずは、〈人間〉という項から、〈実存〉的に、ほどいていこうとする。

 

 人間の〈実存〉において、最も重要なことは、生きている中で、生の可能性が著しく限定されているという事実である。生の可能性を最も限定するものは、〈死〉であろう。生の可能性が限定されているからこそ、狭義の「エロス性」を、個人として、日常生活の中で味わいたいという欲望を持つ。しかし、〈死〉によって、そうした日常社会での欲望も、結局は挫折を運命づけられている。

 だからこそ、人間は〈社会〉への信を深めてしまう。個人として味わうエロス性だけでは充足できない何かが、人間に〈真理〉〈社会〉を欲望させ、人間をそこへ駆動してしまうのである。

 ここで、「エロス性」は、二つに分かれて存在している。一つは、〈個人〉が、個人単位で、日常生活の中で消費していく、狭義のエロス性である。もう一つは、そうした〈個人〉を乗り越える、超越的なエロス性である。前者の日常生活的なエロス性を、〈美〉、〈芸術〉、〈恋愛〉、〈(狭義の)エロス〉であるとするならば、後者の超越的なエロス性は、〈社会〉〈世界〉〈真理〉〈善〉が持つ、固有のエロス性と言うことが出来るだろう。

 竹田は次のように言う。

 

多くの人間は、ただいわば日常化され、交換可能となった(つまりかけがえのないというかたちではない)〈美〉や〈エロス〉を味わい、消費することしかできない。わたしの考えでは、〈社会〉という項に対する人間の信が必然的でありまた普遍的なのは、まさしくこの事情に由来するのである。

多くの人間にとって味わい得るのが、日常化され、交換可能となった〈美〉や〈エロス〉だけであるということ、これはまた、そこで見出される欲望が、常に他人の実現しているそれとの誤差としてしか、姿を現さないということでもある。(中略)現代社会における人間の欲望は、総じてこのような欲望の円環(相対的な欲望)の中に封じ込められているといってよい。

おそらく〈社会〉へ向かおうとする人間の欲望が根拠を持ち、またそれが決して最終的に否認できないものであるのは、多くの人間はこの日常性を超え出るようなエロスの可能性を自分自身の力だけでは容易に作り出すことができない、という事情によっているのである。

ある点では、人間が〈社会〉の変え得ることを信じるのは、〈美〉や〈芸術〉の世界を信じることと基本的には同じ意味を持っている。それはともに日常を超え得るかも知れないという可能性への、いわば〈実存〉上の賭けである。だが、この賭けうることは〈美〉や〈エロス〉への〈実存〉的な賭けとは異なった根拠を持っている。〈美〉や〈エロス〉への賭けは、日常世界のうちがわで、いわば個々の人間が自分自身の日常性を「超越的」なものと取り換えようとするような賭けにほかならない。

(中略)〈社会〉という思想上の項が人間にとって現実的な根拠を持っているのは、(中略)〈美〉や〈エロス〉を端的な超越性として生きることができず、また、この現実世界からもそれに代わるものとしての夢を受け取ることできない多くの人間にとって、残されたほとんど唯一の超越への可能性だからである。 (竹田青嗣 『現代思想の冒険』)

 

 

 つまり、〈美〉や〈芸術〉のエロス性が、〈実存〉の絶望をより強調するだけに陥ってしまうとき、その絶望を乗り越え得る賭けとして、エロスとしての〈世界〉が立ち現れるのだ。だからこそ、あらゆる〈世界〉に類するもの、例えば〈社会〉、〈真〉、〈善〉、〈神〉といった、超越的な外部のリアリティが消失してしまったポストモダンにおいても、それらの項は、〈個人〉にとって重要なのだ。

 ここにおいて、〈世界〉という概念への視線変更が起っている。〈世界〉に個人が参加する理由とは、何も、形而上学的な真理のためではない。実存論的に絶望した個人が、それを乗り越える契機として、〈世界〉を発見していくのである。

 この様に考えるならば、抑圧的でない形で、〈社会〉を構想することも可能だろう。〈社会〉は、形而上学的に存在する〈理想状態〉へと導かれるのでもないし、ましてや、〈個人〉は、そこにたどり着くための道具ではない。現にある〈社会〉の中で、人間がその都度抱えている生きづらさの感覚から出発して、その閉塞を超えるものとして、〈社会〉は常に構想される。

 〈社会〉を改変しようとする努力にも、従来とは異なった説明が必要だろう。

 確かに、〈社会〉批判には、或るいは叛乱、革命には、常に、特権的な権力者や富者たちへの反発が根底に存在する(ブルジョアジー、貴族、王、領主等……)。こうした恨みは、ニーチェ的に言うと、弱者道徳という風に解釈されてしまうだろう。(蛇足だが、ニーチェ思想のそういう面こそが、エリートビジネスマンが自慰行為に使うビジネス書に、ニーチェ哲学がたくさん使われる理由なのだろう。)

 しかし、叛乱、革命は、ルサンチマン的な説明だけでは足りない。人間の欲望の根底には、〈個人〉という閉塞を超越して、〈社会〉と繋がりたいという欲望があるはずだ。

 つまり、〈社会〉を信じるということは、他者との相互理解の可能性を信じるということだと言うことができる。バタイユは、狭義のエロス、性的なエロスの根底には、他者との非連続性を乗り越えて、〈他者〉と通じ合いたいという欲望があることを見た。狭義のエロスの内にも、その根源には、〈他者〉という項が存在してしまっているのである。だからこそ、〈社会〉、〈真理〉、〈善〉、〈世界〉への欲望というのは、今後も、人間の欲望の根底として存在し続けるはずだ。

 

 

感想

 

①全体として

 『現代思想の冒険』は、全体として非常に分かりやすかったと思う。難しい哲学用語を出しながらも、竹田がそのたびに、平易な言葉で説明しなおしてくれる。竹田の本は、『プラトン入門』を読んだことがあったが、その本と同じくらい、本書も非常に分かりやすかった。

 加えて、『現代思想の冒険』は、取り扱っている思想家の量がべらぼうに多い。これさえちゃんと読み込めば、よっぽどアカデミックな厳密さを要求しない限り、近代―現代思想の大体の流れは掌握できるのではないだろうか。

 一つ、疑問点としてあるのは、フロイトが不在なことだ。僕個人はどうも精神分析的な考え方はピンと来ず、フロイトマルクスなら、断然マルクスの方が好きである。しかし、だからこそ、フロイトの、“オイディプス”とか“エゴ”とかの概念を、竹田の平易な言葉で説明して欲しかったのである。20世紀に最も大きな影響力を持った思想家は、マルクスフロイトだという話をよく聞く気がする。これほど膨大な数の思想家を取り扱って、フロイトの名前が一度も出てこないというのは、何か理由があるのだろうか。

 

②内容

 最後の、竹田青嗣の、「エロスとしての世界」論には全面的に納得した。僕自身がずっと頭の中で考えていたことを、ちゃんと哲学的に、かつ論理的に説明してくれている感じがして、読んでいて非常に気持ちよかった。

 プチブルで健常者で男性で大学生で、はっきりとした問題を持たず、目に見える形での抑圧は受けていない僕が、政治運動的なものが好きな理由は、竹田が終章で説明していることが全てな気がする。

 政治というものは、正論でマウント取る場でもなければ、ツマラナイ議会政治とそれに付随する活動が起こる場所でもない。暗い部屋の中で一人アニメを見ているよりもずっと、ドキドキして、胸躍るような体験ができるかもしれない場所として、政治が存在しているのだと僕は思う(結局それ自体が、部屋の中でのオタク的妄想に過ぎないが……)。

 68年の学生運動なんかを見ていると、そういう雰囲気が色濃く漂ってくる。絶望的なニヒリズムに陥ってしまったが故の観念的な蜂起。勿論、現代的な倫理からすれば、そんな観念的でフワフワした理由で暴れられたらたまったもんじゃないということになるだろう。

 実際僕もそれはそうだと思う。しかし、それでも、商品化されてしまった芸術を、広告の様に、オタク的に消費していくことは耐えられないのだ。そんなことをしても、全く救われない。寧ろ、ニヒリズムが深くなっていくだけである。

 〈世界〉も〈社会〉も〈神〉も、全く空虚になり始めているからこそ、逆に、〈個人〉が〈実存〉から、強烈にそれらの超越性を求めるということがあると思う。

 

 竹田が終章で言う、〈世界〉というものエロス性、芸術性。これは多少乱暴に言い換えると、「非芸術が持つ芸術性」ということではないだろうか。

 この芸術性は、芸術が芸術である限り、絶対に獲得できないものである。何故なら、特に現代的な消費資本主義の社会の中で、芸術と名乗ってしまえば、その瞬間に、社会の差異化の記号の一部を背負うだけの、一人で消化して楽しむだけの商品に成り下がってしまうからである。“哲学”でも、“思想”でも、“政治”でも、なんでもいいが、とにかく“芸術”ではない何かを自称して、強引に〈他者〉を巻き込んで、〈世界〉を獲得しようとしていくことでしか、持つことができない芸術性というものが、存在するとぼくは思う。

竹田青嗣 『現代思想の冒険』 まとめ③ フッサール、ハイデガー

 竹田青嗣現代思想の冒険』について、まとめ①まとめ②に続く、まとめ③である。前回までの所で、人間が抱える秩序についての考えの、”リアルさ”、”ほんとうっぽさ”が問題となった。そこで竹田は、フッサールを取り上げる。

 

 

 

 

 第五章 現象学と〈真理〉の概念(フッサール

 現象学とは何か。

 竹田曰く、それは、〈社会〉や〈歴史〉のあるべき姿を合理的に把握できるという、近代思想の一つの前提に対抗する一方で、“認識方法”を厳密に主題化しようとする点で、近代的な問題意識を引き継ぐ面もあった。現象学は、近代的な発想の極限において、近代的な前提を否定した思想と言うことが出来る。

 現象学をより詳細に理解するために、フッサールを取り上げよう。

 

フッサール

 フッサールは、〈主観と客観の一致〉という、認識論のアポリアに対して、どの様に答えるのか。竹田曰く、その答えは、次のようなものである。

 

彼(フッサール)によれば、この「一致」は原理的に確かめ得ないばかりではなく、むしろ一方に〈主観〉があり、もう一方に〈客観〉があるという近代哲学の前提そのものがそもそも誤りにすぎない。つまり、フッサールが問おうとするのは、この誤った前提が一体なぜ現れたのか、という問題にほかならなかった。(竹田青嗣 『現代思想の冒険』)

 

 フッサールの問題意識を解明する為に、もう一度ニーチェについて考えよう。

 ニーチェは、〈意識〉される様な対象、つまり、快不快の感情、目的、目標、意味等を“理想”として信じるなということを言った。それらを基準に世界を“解釈”して、“理想”を構築してしまうと、必ず禁欲主義に陥ってしまう。

 そうして、ニーチェが取り上げる“解釈”が、“力への意志”である。これによって、人間の“意識”の対象の外部にある、生成論的なエネルギーを肯定できると、ニーチェは考えたのだ。

 しかし、ドゥルーズの思想のことを考慮すると、我々は、ここで奇妙な事実に遭遇する。〈意識〉の外部だったはずの、ニーチェ的“力への意志”、ドゥルーズ的“欲望”は、その様な言葉で対象化されることによって、一つの“理想”を形成してしまう。資本主義の公理系によって、欲望の力が妨げられているという発想そのものが、欲望をあるがままの姿に開放すべきという、“理想”を前提にしてしまっているのだ。

 ここで陥った難問は、言い換えると次のようなことになる。対象化されたものを基準に〈仮説〉を立てると、それは、〈現実〉を抑圧する理想を作ってしまう。だから、〈生成論〉的に、認識の外部を想定しろと言う。しかし、そうした生成論自体が、外部を〈仮説〉として対象化してしまっていて、論理の形としては、結局同じ穴のむじなになっているということだ。

 そうであるならば、〈仮説〉を立てることそのものを問題とするよりもむしろ、それが〈仮説〉に過ぎないにもかかわらず、私たちは、どうしてそれを〈ほんとうだ〉という風に感じるのかということを問題にした方が良いだろう。ここまで来て、フッサール現象学の意味は明らかになるのだ。

 

 フッサールはまず、〈主観〉同士の間で成立する認識の普遍性は、決して〈客観〉と一致しているということを意味しないことを確認した。その根拠は、〈主観〉の内側における「確信の構造」にしかないはずだ。

 そして、〈主観〉の「確信の構造」は、大きく二つに分けることができる。一つは、自分個人の確信であり、もう一つは、他人の確信によって築かれる、間主観性としての確信である。

 例えば、ある人が、その人自身としては、“リンゴが赤い”と確信していたとしても、周りの人間が“リンゴは青い”と確信していたとしたとする。この時、私は、自分個人としては確信していることになるが、しかし、間主観性においては確信に至れない。従って、その人にとって、リンゴの色の〈真理〉は、確信できない曖昧なものとなってしまうのである。

 フッサールは、ここから更に論を進める。自分個人としての確信にも、意識されない部分で、間主観性が入り込んでいることを指摘するのだ。

 例えば、〈社会〉というものの〈本質〉について、私たちはどの様に了解しているのかを考えてみよう。私たちはそれを、例えば賃労働の体系とか、愛の体系とか捉えるわけであるが、そうした把握は常に、〈社会〉という“言葉”を通じて認識されるものである。そして、その“言葉”は、私たちが生まれる前から集団的に形成されてきたのだ。人間は、間主観的構造の中で、言葉を後から習い覚えていくものである。私たちは、“自分で”、それを認識し、確信に至っている様に見えて、実は、間主観的な意味の体系に、不可避的に足を踏み入れてしまっているのである。そして、だからこそ、人間には相互理解の可能性があるのである。

 

 こうした考え方は、言葉というものの性質に着目して、人間の共通認識の構築の可能性を担保してくれていると同時に、その限界をも露呈している。竹田によれば、それは次のようなものである。

 

今見て来たような考え方をフッサールの用語で端的に言うと、わたしたちは意見の違いを互いに交換し合うとき、必ず確信の像(超越)の場面から遡って、その像が成立してきた自己の〈内在〉にむかって相互に問いかけているということになる。しかし〈内在〉は、わたしたちが言葉とともに織り上げている実感的な生の意識だから、一方で〈他人〉との間の相互的な確かめの契機を含んでいると同時に、それ自身の固有のニュアンスを取り払うことができない。つまりひとが〈世界〉に対して抱いているエロス価値は千差万別であり、したがってそこから現れる「超越」も決して最終的に完全な「一致」に達することはあり得ないということが明らかである。だからそれをあえて「一致」させるには、一定の「公理」をどうしても必要とするのである

(中略)近代思想の根本的公理は、繰り返し見て来たように、すべての人間がその関係本質を実現できるような〈社会〉の条件を、最も効率的に作り出すという要請にほかならなかったと言える。思想の正しさは、それが真の世界に「一致」しているか否かではなく、この「公理」に照らしてのみ確かめうるのである。そしてこの「公理」に即して考える限り、ヘーゲルマルクスの築き上げた思想上の仕事は大きな正しさを持っていたと言わなくてはならない。

ところで、わたしたちが現代思想の難問をとおして見てきたことは、この「公理」がそれ自体に孕んでいる矛盾と背理であった。その背理とは、全く理想的な世界が求められるべきであると考える限り、その不可能性が露になり、そのことによって、かえってわたしたちは思想上の〈絶望〉に陥ることになる、ということにほかならなかった。(竹田青嗣 『現代思想の冒険』)

 

 

 つまり、あえて戯画的に言えば、フッサール現象学は、ある意味ではヘーゲルマルクス哲学の正しさを再確認しただけであったとさえ言い得るのであり、キルケゴールの問いかけを克服できてはいないということだ。キルケゴールは、〈実存〉には、〈真理〉には収まりきらない側面があるということを訴えていたのであった。

 ここで問題となるのは、〈実存〉と矛盾しない形での〈公理〉を導くということはそもそも可能なのか、そして、もし可能ならば、いかにしてそれは可能なのかということである。

 

 フッサール現象学の思想的意味を、近代哲学の文脈からもう一度まとめよう。

 フッサール現象学は、デカルト―カント―ヘーゲルマルクスによって探された、〈客観〉〈真理〉の探究可能性が、ニーチェによって粉々に砕かれたところに端を発する。〈客観〉がないのにも関わらず、何故、人間は〈客観〉の様な超越的秩序を模索してきたのか。これを、人間同士の〈意識〉と〈意識〉の間から説明しようとしたのが現象学であった。

 

 

 第六章 存在と意味への問い(ハイデガー

 ここで再び我々は〈実存〉の問題に立ち返らざるを得ないだろう。何故なら、フッサール的な共通理解を構築する際に、ポストモダン状況の今、無邪気に〈公理〉を唱えることは不可能だからだ。ポストモダンとは、〈社会〉が、一つの公理に従って、完全な社会に到達することはないであろうと人々が思っている時代だからである。そして、〈社会〉に還元されえない〈個人〉を見つけたのであるが、それを100年以上前から提起していたのが、キルケゴールなわけであった。

 竹田がこの章で取り上げるのは、ハイデガーだ。ハイデガーは、フッサール現象学を引き継いだうえで、「存在論」という新しい概念を導入したのである。

 

 竹田曰く、ハイデガー哲学とは、現象学の方法でもって、キルケゴール的な〈死〉の問題を取り扱った思想である。

 ハイデガーが受け継いだ現象学の方法とは、“人間の心”の捉え方を、単なる“モノ”とは異なるやり方で捉えるということである。

私たちが、“モノ”の存在を捉える時、それは既に、“対象”として捉えている。つまりそれは、人間にとって、一般的な利用可能性があるかないかという観点によって、対象が捉えられているというわけである。この様に、あらゆる“モノ”は、ある特定の“観点”から判断される。

 一方で、“人間の心”=心的存在というのは、“モノ”とは違う面がある。それは、およそあらゆる存在の中で、“人間の心”だけが、“対象化される”のみならず、ある事物を“対象化する”性質を持つということである。つまり、心とは、観点そのものを定立するのであって、その働きこそが、心を心たらしめているのだ。

 ハイデガーは、このことに徹底的に拘った。そうして生まれる問いが、「そもそもあるとは一体何か」という問いである。

 ハイデガーは前述の様な、“人間の心”の捉え方と、“モノ”の捉え方との違いに拘る。だから、心を記述する際に、モノを記述する様な秩序化の観点から語るのではなくて、それ自体が観点を定立する働きを持つような、“体験”を、ありのまま記述することを要求する。ハイデガーは、〈人間〉が〈世界〉の中に存在するという意味を、〈人間〉の観点から探求したのだ。

 

 こうしたハイデガー哲学には、二つの特色がある。

 一つは、ヘーゲルマルクス的な、近代哲学の見方を反転してしまっているということだ。普通は、事物の秩序が確固として存在していて、それを事後的に私たちが認識すると考える。しかし、ハイデガーは違う。ハイデガーは、世界の中に投げ込まれた〈個人〉という観点からスタートして、そこを起点に、新しい秩序が開示されていくと考えたのである。

 例えば、ハイデガーは、「内世界的存在」=「存在的」という言葉と、「世界内存在」=「存在論的」という言葉とを区別して考える。内世界的存在というのは、事前に存在する秩序の中に、ある主体が事後的につけ加わる形のことを言う。他方、「世界内存在」は、世界とは、われわれの〈意識〉の中に徐々に姿を開示して、やがて、確固とした客観的秩序として、〈意識〉に信じられるようになるということである。言い換えると、「世界内存在」的には、〈世界〉とは、人間の〈体験〉の中で〈開示〉されていく環境のことだと捉えられているのである。

 もう一つのハイデガー哲学の特色は、〈人間〉を取り扱う際のスタート地点である。デカルトは、考える〈私〉からスタートする。カントは、客観的秩序に向き合った〈主観〉からスタートする。一方ハイデガーは、もっと矮小な所から、つまり、もっと一般的な、日常世界の中の人間=世人という所から、哲学を開始させるのである。確固たる〈私〉が意識の上で確立されるよりも前に、人間は、世界の中に投げ込まれてしまっていて、日常生活を営んでしまっているということを重要視するのだ。

 これら二つの特色は、“神の作った世界/私”や、“唯物史観”といった、特異な前提からスタートせずに、普遍的に妥当するものから考察を始めようという、ハイデガーの意識の現れと言えるだろう。だからこそ、ポストモダン的な問題意識にも通ずる内容を、ハイデガー哲学は獲得しているのだ。

 ハイデガー哲学の現象学的方法論を明らかにしたところで、ここからは、その思索の具体的内容を記述していく。

 

 ハイデガーは、日常世界の中で、一般的に存在している人間を、世人と呼び、そんな世人について、「テイラク」(漢字変換できなかった)という表現を用いる。「テイラク」とは、世間日常の一般的な世事に取り紛れているという意味である。「テイラク」している世人は、日常世界の中で、あれが欲しい、あれが食べたいとった風に、〈世界〉を組み立てている。

 重要なのは、ハイデガー曰く、人間は普通、生活上のそうした雑多な関心から、自分というものの性質を理解しているということである。デカルト的な、確固たる〈私〉からスタートして、〈世界〉を理解するということとは、全く逆の現象がここでは起きている。

 そして、こうした「テイラク」の状態は、キルケゴールの「有限性の絶望」と類似的と言うことが出来る。というのも、人間が日常の世界に没頭して自分を忘れようとしているのは、ある意味では、ニヒリズム的絶望からきているからだ。

 つまり、次のようなことである。物心つき始めた頃は、人間はだれしも素直に、〈社会〉とか〈世界〉といった、自分を超える大きなものを素朴に信じているものである。しかし、〈死〉という絶望的現実が何度も頭をよぎる中で、〈社会〉への確信は放棄されていく。〈社会〉や〈世界〉といった、永遠的な存在がもしあったとしても、それが、すぐに死んでしまう〈私〉にとって、一体どんな関係があるというのか。テイラクした世人は、日常世界に没頭していくことで、こうした、「有限性の絶望」から目を背けようとしているのである。

 

 ハイデガーは、世人分析の次に、死の実存論的分析を行う。しかし、それに踏み込む前に、議論を分かりやすくする為にも、キルケゴール的〈個人〉派と、ヘーゲルマルクス的〈社会〉派との対立を、もう一度確認しておこう。

 〈個人〉派においては、個人が持つ死の絶望から思索が始まる。確かに、絶望を乗り越えるために、〈神〉、或いはそれと類比し得る、〈真理〉〈社会〉〈世界〉を信じるということはある。しかし、それは言うなれば、超越的なものが徹底的に信じられないという絶望に陥るからこそ、”あえて”、”逆に”、徹底的にそういうものを信じようとしているということである。〈社会〉派は、〈社会〉というものを素直に信じてしまっている。要するに、個人が持つ絶望というものが視野に入っていないというのが、〈個人〉派がする〈社会〉派批判の要旨だ。

 一方、〈社会〉派は、〈個人〉派の人間が、未来を信じず、死によってどうせ潰えてしまう”今”に固執してしまうことを批判する。それによって絶望から逃れようとするのは、一種の賭けにすぎないのではないか。

 ハイデガーが行う、死の実存論的分析は、まさしくこの〈死〉の絶望と、それに対する一種の賭けに関する考察なのだ。

 

 人間にとって、〈死〉とは常に、体験できない可能性であり、具体的には、現存在することが最早できなくなってしまうという可能性として知覚される。こうした恐ろしい可能性に対して、人間はそれを隠蔽しようとする。しかし、抑圧された「死の可能性」は、その実、つねに頭をもたげており、それが、「不安の気分」として表れるのである。

 世人が死を隠蔽しようとする一方、ハイデガーは、死を「現存在に最も固有な可能性」と表現する。これは一体どういうことか。

 〈死〉を隠蔽することで、人間は、世人としての慣習、文化、世界を創り出す。世人が抱える可能性は、何かを飲みうる、お金持ちになり得るといった可能性で、他人との交換可能性を持ってしまった可能性である。

 しかし、〈死〉だけは異なる。〈死〉は、他人と交換できない固有の可能性として存在している。だからこそ、〈死〉を自覚し、〈死〉を、いつでも選びうる自分だけの可能性と把握して、〈死への自由〉を持たなければならない。そうすることで、人間は、世人的存在から解放されることができると、ハイデガーは言う。

 しかし、「世人的存在から解放される」とは一体何か。

 ハイデガー曰く、自由に生きているという生の感覚は、人間が持つ、様々な生の可能性によって得られる感覚である。しかし、死を隠蔽する世人的存在は、自分の存在可能性を著しく狭めてしまっている。これに対して、死に直面して、死に先駆し、〈死への自由〉として、死をも選び取ることが出来たならば、その時、自分の存在の“全体性”が実現されると、ハイデガーは考えるのだ。

 しかし、ここでさらなる疑問が湧く。死に直面し、存在の“全体性”とやらを生きることができたとして、その時、具体的には、一体どういう生き方ができるようになるのか。ハイデガー曰く、それは、「良心の呼び声」がやってくる生き方である。では、「良心の呼び声」とは一体何か。

 竹田はここで、「良心」を「倫理的なるもの」と言い換えて、それが一体何であるかを解説する。

 キリスト教的、或いは、カント的な倫理は、超越的な外部からの命令である。これを、「弱者道徳」として批判したのがニーチェであったが、ハイデガー的「良心」も、ニーチェとは違った形で、抑圧的な倫理に反対していたのではないだろうか。

 

「死への先駆」とは、人間のこういった日常的なあり方から解き放つわけだから、そこでの「良心」とは、〈社会〉や〈他人〉のほうから命令として現れるような〈倫理的なもの〉を解き放つものになる。では、そういうものを全てとり払ったあとで人間に残るものはなんだろうか。たとえば、ここでの「良心」を、“端的なよきもの”に向かおうとするような人間の欲望のありようととってみればどうだろうか。

ハイデガーによれば、「死への先駆」あるいはその「決意性」は、人間の存在可能性(あり得ること)のいわば極限を示すのだが、これを論理的に表現すれば、およそ「よいもの」に対する欲望の極限が「良心」という言葉で表されていると考えることができる。もちろんここでの「よいもの」とは、単に規範や命令としての「倫理」ではなく、素晴らしいもの、美しいもの、豊かなもの、およそ人間の心を魅惑するものと考えた方がいい。(竹田青嗣 『現代思想の冒険』)

 

 竹田は、ハイデガー的「良心の呼び声」を、素晴らしいもの、美しいもの、豊かなものに向かって、人間の意識が発する根源的な欲望のことなのではないかとする。言うなれば、ニーチェが、人間の〈意識〉を排除して、「力への意志」という仮説を唱えたのに対して、ハイデガーは、逆に、人間の〈意識〉に徹底的に拘りつくすことで、抑圧的な倫理を生む近代哲学と対決しようとしていたのではないか。

 

 私たちはこうして、反―ヘーゲル的近代哲学の流れを追ってきた。総じて、真なるもの、理想的なるものへ、理性によって到達することの不可能性に直面したニヒリズムの中で、“それにも関わらず”、人間がいかに強く生き得るのかということを思索していた。それで、ニーチェは〈超人〉を、ハイデガーは〈本来的なありうること〉を構想したわけである。

 しかし、そうした構想も結局、私たちの日常世界から乖離したところにある感じを拭えない。人間の可能性、或いは欲望とは、そもそも一体どういうことなのか。それこそが、〈社会〉と〈個人〉の関係を模索し続けた近代―現代思想の最後の問いであるとした竹田は、次章、バタイユを援用しながら、持論を展開していくことになる。

竹田青嗣 『現代思想の冒険』 まとめ② ヘーゲルと反ヘーゲル

 前回の続きである。今回は、第三章「近代思想の捉え返し」と、第四章「反=ヘーゲルの哲学」をまとめた。

 

 

第三章 近代思想の捉え返し

 第一章、現代思想の冒険から一転、第二章では、現代思想の冒険以前、即ち、近代思想がどの様な冒険をしてきたかを考察していく。竹田は、近代思想の流れを追うためには、デカルトカントーヘーゲルマルクスの流れを追うことが重要だという。

 

デカルト

 デカルトが考えていたことは、次のようなことだ。

 

⑴まずデカルトは、感覚というものはひとを欺くことがあるから、一切のものを疑う(信用しない)という立場に立つべきだと言う。

⑵一切の疑わしいものを排除し尽くした挙句、世界の中で唯ひとつだけ疑えないものがある。それは、考えている自分の存在ということである。ここから「我考えるゆえに我あり」(コギト・エルゴ・スム)という命題が導かれる。

⑶この唯一疑えない場所から出発して、〈神〉の存在の、全く合理的で理性的な(つまり誰にも納得できるような)証明ができるかどうか試みること。

⑷人間の合理的理性は、この〈神〉の存在証明を納得するはずであり、〈神〉は人間の認識を誤ったものとして与えているはずがないから、適切な理性の使用によって得られたものを人間は現実の正しい認識と見なして差しつかえない。  (竹田青嗣 『現代思想の冒険』)

 

 

 ポイントは二つある。

 第一のポイントは、方法的懐疑だ。

 当時、あちこちの国を巡ったデカルトは、その土地によって、人々の考え方があまりに違い、かつそれぞれの人が自分の考えこそが正しいのだと思っていることに衝撃を受ける。しかし、そんな状況でも、本当に正しい認識を獲得して、そこから共通理解に至れる可能性があると信じ、模索した結果として、全てを疑う考え方が出てくる。そして、〈私〉という考える主体こそが、唯一信じられるものだとしたのであった。

 第二のポイントは、神の存在証明だ。

 デカルトが生きていた近世の時代は、前述の通り混乱の時代であった。そんな時代こそ、神への信仰こそが人間を善意に導けるはずであったが、当時のスコラ神学にその役割は果たせなかった。だから、デカルトは、スコラ神学とは違うやり方で、神の存在を証明したかったのだ。その方法とは、どんな人間にも共通する、〈私〉からスタートするという方法である。

 しかし、実際にデカルトが行った神の存在証明は、非論理的なもので、決して誰もが納得できるものではなかった。しかし、そうした論理の杜撰さを指摘することよりも有意義なのは、デカルトの発想がどの様な意味を残したかを考察することだ。

 その意味は二つある。第一は、世の中の人々は様々な考え方に分裂していて、何の留保もなしに、“正しい”世界観など想定できないということを示したことだ。第二に、人間の精神をスコラ神学の鎖から解放して、〈私〉という理性から、世界を認識する筋道を示したことだ。

 デカルトが提出した、認識の普遍性、正しさを確保することの難しさ。言い換えると、これは、〈主観〉と〈客観〉はどの様に一致するのかという問題でもあるわけだ。こうした問題は、カントに引き継がれていくこととなる。

 

②カント

 カントは、この難問に対して、〈物自体〉という新しい概念を導入する。

 例えば、ある人間が机の上のリンゴAを見ているとする。人間の目に映る、言い換えると、〈主観〉に浮かび上がるリンゴAがある。一方で、机の上に存在している、言い換えると、〈客観〉として存在するリンゴAがある。この両者は一致しないというのがカントの主張だ。この時、後者の、〈客観〉としてのリンゴAのことを、〈物自体〉とカントは呼ぶのである。

 認識と物自体が一致しないのならば、正しく、普遍的な認識は構築できないのだろうか。

 カントは、正しい認識の構築は不可能だが、普遍的な認識の構築なら可能だと答える。

 というのも、人間が認識しうるのは、いわば、〈物自体〉を多少歪めたものだ。しかし、この“歪み”は、人間誰しもが先験的に持っている認識の装置によるもので、普遍的な“歪み”である。つまりカントは、〈本質の世界〉と〈現象の世界〉は一致しないが、個々の人間に意識される〈現象の世界〉だけなら、一致させることは可能だと考えたということだ。

 では、〈本質の世界〉は、人間と関係がないものなのか。いや、そうではない。カント曰く、〈本質の世界〉、言い換えると、〈真〉〈善〉〈美〉は、人間が認識することは出来ないが、それを意志することならばできると主張するのである。

 

 デカルトとカントの思想は、両者共に、荒廃していく時代の中で、共通理解を理性的に構築するには、個人はどう振舞うべきかを探求していたと言える。しかし、近代、フランス革命に始まる激動の時代が始まると、ヘーゲルマルクス的な、現実の社会のダイナミズムを持った変遷を説明する哲学が登場してくる。

 

ヘーゲル

 ヘーゲルはまず、カントの哲学、〈主観〉と〈客観〉は不一致であり、かつ、〈主観〉は〈客観〉を意志することしかできないという哲学に反対する。

 まずヘーゲルは、意識というものを二分する。例えば、我々が何かを見ている時、対象についての〈知〉としての意識と、自分がそれを見ているということについての〈真〉としての意識が二重に存在する。この二つの運動が重なり合うことで、人間の認識は深まっていく。(〈真〉としての意識が良く分からない)

 〈客観〉というものは、〈意識〉が、その進化の過程で知り得る全ての総体として存在している。言い換えると、〈意識〉と弁証法的発展の終局に、〈客観〉は存在しているのだ。

 カントの場合、人間が道徳へと向かう意味は、個人レベルの話であった。しかし、ヘーゲルは、社会総体として、認識の弁証法的発展が客観へと進化していくことを説いたのであった。こうして、哲学の主題は、〈個人〉から、〈社会〉、或いは〈社会〉と〈個人〉の関係性へと移行していく。

 

マルクス

 マルクスは、ヘーゲル的な世界観の批判的継承者である。

 マルクスは、ヘーゲルと同様、人間の社会的本質を重視した。ヘーゲルはそれを、〈人倫〉と呼んで、マルクスはそれを、〈類的本質〉と呼ぶ。

 ヘーゲルの考えでは、まず、〈家族〉の中で、人間は〈人倫〉を身に着ける。しかし、〈市民社会〉の競争によって、〈人倫〉は失われてしまうが、〈労働〉と〈教養〉を積むことによって、〈国家〉へと弁証法される。〈国家〉において、高次の次元で、〈人倫〉が回復されるのである。

 マルクスは、こうしたプロセスを、特に〈労働〉についてのヘーゲルの甘い考えを批判する。

 〈労働〉とは、確かに本来的には、人間と自然との物質代謝であり、類的本質の表れである。しかし、〈資本―貨幣〉の存在がこれに入り込むことによって、労働は、商品交換に従属した〈賃労働〉に成り下がってしまって、類的本質から疎外されるのだ。だからこそ、〈資本―貨幣〉の原理を乗り越えない限り、弁証法による社会的本質の回復はありえないのだ。

 

 以上の様に近代思想の流れを総覧した時、近代思想がその倫理の単位を、〈個人〉から〈社会〉へと移行していったことがわかるだろう。確かに、人間個人が道徳的になることは重要だが、それは現実の社会の中で実現されなければ意味がないと考えたのがヘーゲルであった。これに対して、その前提を認めつつも、現実の市民社会が人間の社会的本質と余りにも敵対しているということを暴いたのが、マルクスだったのだ。

 こうした、ヘーゲルマルクスの考え方は、その論理の上では“正しい”。しかし、現代は、“正しい”筈の論理では、人間の社会的本質がどうしても実現できない、或いは、実現しようとすればするほど遠のいてしまうというジレンマに陥ったのだ。だからこそ、深刻なニヒリズムの時代に突入しているのである。

 このニヒリズムに対抗するために、デカルトカントーヘーゲルマルクスの流れに対抗して存在した、“反ヘーゲル”の哲学が、近代思想にも脈々と根付いていることに着目すべきだと竹田は言う。その流れは、キルケゴールから始まる。

 

 

第四章 反=ヘーゲルの哲学

近代哲学における中心課題は、次の二つである。

一つは、〈主観/客観〉の難問に代表されるような“認識問題”であり、もう一つは、この世で人がどう生きるべきかという、“人間の問題”であった。ヘーゲル哲学は、近代合理主義の思惟の枠組みの中で、この両者を総合的にまとめ上げて、一つの体系を構築したということが出来る。

しかし、そうした近代合理主義が完成していくのと全く同時期に、それと真っ向から対立する様な思想が存在していたことを忘れてはならない。それは、キルケゴールと、ニーチェの哲学である。

 

キルケゴール

 キルケゴールの哲学で重視されるのは、〈死〉である。〈死〉から滲み出す人間の不安や絶望が、人間の精神を規定する。

 キルケゴールは、絶望を二つの観点から捉える。一つは、〈有限性―無限性〉という観点から、もう一つは、〈可能性―必然性〉という観点からである。

 まずは、〈有限性―無限性〉について。

 無限性の絶望とは、人間は、「人類」や「歴史」の運命といった、永続的な価値に自己を同化しようとするが、そうした試みは必ず挫折する。自己はどんどん抽象化し、希薄になっていくからだ。一方、有限性の絶望とは、世間の生活に埋没して、自身の本来性を失っていくことへの絶望である。

 無限的/抽象的な理想に限らず、家族や地域社会といったものを水準とした、有限的/具体的な理想も必ず失敗する。何故なら、人間は死ぬからだ。死によって、全ての理想、又、理想に向かって行われた行為は無意味になるからだ。

 次に、〈可能性―必然性〉について。

 人間の自由の感覚は、“可能性”によって得られるものだ。“可能性”こそが、人生を意味づける。しかし、〈死〉は、そんな可能性が、結局は全て喪失してしまうことということにほかならない。〈死〉を目前にして、可能性のすべてを失った人は、一切のことが必然性/日常性の中に閉じ込められてしまうということだ。“終わりなき日常”というヤツだろう。

 こうした考え方は、ヘーゲルマルクスの人間観と根本的に対立する。

〈歴史〉や〈社会〉といった永遠的な価値に自分を捧げろとヘーゲルは言う。しかし、そんなことをしたところで、それは無限性の絶望、或いは必然性の絶望に陥るだけだということを、キルケゴールは主張するのだ。極度に単純化して言えば、ヘーゲルが、〈歴史〉や〈社会〉から〈人間〉を見つめたのに対して、キルケゴールは、〈人間〉の側から、〈歴史〉や〈社会〉を見たということである。

 キルケゴールは、こうした観点によって、人間の存在本質には、〈歴史〉や〈社会〉には還元できないものが隠されているということを暴いた。〈実存〉と〈社会〉の対立は、深刻なものとして現代に立ち現れてくるが、この問題については後に考えよう。竹田は、近代思想におけるもう一人の反=ヘーゲル的哲学の巨人、ニーチェの説明に入る。

 

ニーチェ

 ニーチェは、前回一度触れているが、ここで、キルケゴール的な文脈で、もう一度捉えなおそう。

 ニーチェは、キリスト教を、“弱者道徳”として非難する。即ち、現実世界における弱者が、彼岸の生に、あらゆる可能性を託したのがキリスト教だということだ。こうすることで実は、現世における生の可能性が奪われているのである。

 これは、“神が死ん”でからも変わらない。キリスト教の役目を代行した近代哲学は、苦しみに満ち溢れた今の〈世界〉は“誤って”いて、そうではない、“正しい”世界が存在するはずであり、それを目指さなければならないとしたわけである。

 しかし、ニーチェに言わせれば、こうした推論は最悪の推論である。こうした推論に従ってしまえば、世界の理想状態なるものが実現不可能であるという“現実”を突き付けられた途端、“可能性”を奪われ、人間は無限性の絶望に陥ってしまうのだから。

 ニーチェの推論は、現代思想の展開を見てみれば、合っていたと言わざるを得ない。社会分析の果てに至った結論は、人間の社会的本質は決して回復されず、社会はこのシステムを永遠に存続させるだろうということだった。ニーチェが予測したその通りの形で、ニヒリズムが蔓延っているのだ。

 では、ニーチェはこうしたニヒリズムを、どの様に克服すべきだというのか。

 まず、現実として認識しなければならないのは、この世界は苦しみに満ちているということだ。強者が弱者を利用して、自分の力への意志を実現する。こうした世界は、“誤り”でも“正しい”わけでもなく、ただただ“現実”として存在するのである。

 こうした認識の上に、思想がなすべきことは何か。ニーチェ曰く、それは、“客観的な価値を創出する”ということである。ここで創出される様な“客観的価値”は、キリスト教の様に、「生への意志」を削るものであってはならない。寧ろそれを高める様なものを構想しなければならない。そうしてニーチェは、“超人”“永劫回帰”へと向かうわけである。

 

 ニーチェの思想から、私たちは何を引き継ぐべきか。竹田曰く、それは次のように表現される。

 

まずわたしたちは、思い切って、理想的な〈社会〉が実現されるべきであり、そうでなければ人間は一切の可能性を失うという、近代思想以来の〈社会〉思想の根本的理念を棄て去るべきなのである。そうではなくて、〈社会〉は完全な理想には決して到達しえないかもしれないが、それにもかかわらず、人間は、自己の関係本質を実現し得る「可能性」を持っているし、また一方で人間が〈社会〉を永続的に改変してゆこうとする努力には、はっきりとした意味も根拠もある、とわたしには思えるのである。 (竹田青嗣 『現代思想の冒険』)

 

 この様に考えると、現代思想の問題は次のように表現できる。

 現実として、人間が〈社会〉への可能性をかける様なものを、どう見つけるのか。言い換えれば、人間が“勝手に”創り出しているに過ぎないはずの客観的秩序の“リアルさ”“ほんとうさ”は、どの様な根拠を持つのか。

 それを見るために、竹田はフッサールを取り上げる。

教養強化 竹田青嗣 『現代思想の冒険』 まとめ① ポストモダン社会と現代思想

 竹田青嗣現代思想の冒険』を読んだ。

 この本は現代思想の入門書である。嘘みたいに難解な現代思想を、初学者にも分かりやすい形で解説してくれている。しかし如何せん、内容を詰め込みすぎていて、取り上げる思想家が余りにも多い。読むのだけで十時間くらいかかった。

 『現代思想の冒険』は、最初に現代思想の置かれた状況を概観し、その後、そうした事情に思想がどの様に応答してきたのかということを、思想家を大量に列挙しながら述べていく。最後に、それらを踏まえたうえで、ポストモダン状況に独自に応答しようとした、“竹田的哲学”が語られる。

 竹田が少し触れただけの思想についても、出来るだけ細かく拾っていく。想像で勝手に補う部分もあるので、不正確な内容も記述することになるだろう。それでも、自分が読み返したときに、大体の外観として、現代思想のあらましが分かる(気になるような)文章にするつもりである。

 

取りあえず第一章と第二章をまとめた。それ以降もいつかまとめる。

 

 

 

  • 思想の現在をどう捉えるか

 

 この章では、現代思想がどの様な社会状況の中で、どの様な問題意識を抱えているのかということが語られる。いうなれば、第二章以降の前提となる議論が為されるわけだ。

 現代思想を語るうえで欠かせないのが、20世紀、世界を席巻したマルクス主義が崩壊してしまったことである。それは、マルクス主義の理論としての矛盾が見つかったということよりも寧ろ、一般大衆含めて共有されていたマルクス主義の“リアリティ”が、20世紀後半に失われていくということであった。リアリティが喪失してしまったが故に、理論の矛盾がどこにあったのかが模索されるわけで、その逆ではない。

 そもそも、マルクス主義がリアリティを持った20世紀前半は、帝国主義の時代であった。何故か繰り返される大規模な戦争に、何故か困窮を極めていく日常生活。こうした事象を、説得的な理屈で結び合わせて、かつそこから克服する方法を明示したのが、他ならぬマルクス主義だったのだ。

 

 では、何故マルクス主義のリアリティは失われていったのか。その理由は、大雑把に分類すると二つに分けられる。

 一つは、マルクス主義を語る(騙る)陣営の腐敗である。50年代のスターリン批判に始まり、プラハの春、中国ベトナム戦争、アフガン侵略戦争、etc……。社会主義国家は、自らの独裁制=反社会主義性を明らかにしてしまったのである。

 “国”だけでなく、“運動”にしても同様である。日本においては、50年代半ばにおける六全協から始まったマルクス主義学生運動の混乱は、遂に連合赤軍に帰着していくわけである。山荘内で同志を殺し合うことの、一体どこが社会主義なのだろうか?マルクス主義陣営は、自ら瓦解していったのだ。

 もう一つの理由は、資本主義陣営の修正だ。20世紀初頭は、“階級対立の非和解性”という概念は、プロレタリアートの衣食住における絶対的貧困を、説得的に説明するものであった。しかし、次第に衣食住の問題は改善されて行き、加えて、ボードリヤール的な消費社会のイメージの中で、人々は欲望の充足さえ始めたのだ。つまり、ブルジョアジーは、かつてはプロレタリアートを生産の面から搾取するのみであったが、次第に消費の面から欲望を提供し始めることで、自らに抵抗する主体を骨抜きにしていったのだ。

 

 こうして、マルクス主義のリアリティは失われた。マルクス主義“以降”の新たな思想が何なのかを模索するということが、現代思想に要請されている任務なのである。

 

まず社会の構造を正しく認識し、理性によってその体制を変革していくという、マルクス主義の理念の核心を残すか否か。もしマルクス主義のこの核心を捨てるとすれば、近代を通じて思想が果たしてきた、社会批判、現実批判の文脈を、どのようなかたちで立て直すか。またこの社会批判、現実批判という機能すら不可能であるとすれば、思想にとってなにが残るか。  (竹田青嗣 『現代思想の冒険』)

 

 ポストモダンとは、思想という営みそのものの基盤が完全に失われてしまったような、思想の廃墟である。この廃墟から、現代思想の冒険が始まるのだ。

 

 

 

 竹田は、現代思想の源流として、ソシュールニーチェを挙げる。まずは、ソシュールの思想から、それに影響を受けた思想家までが紹介されていく。

 

ソシュール

 ソシュールの思想は、それまでの言語学の方式を破壊してしまった。ソシュール言語学の枠組みは、次の三つによって規定される。

 

A、シニフィアン(記号表現)―シニフィエ(記号内容)

B、ラング(言語規則)―パロール(個々の発語)

C、共時態―通時態

 

 Aについて。

 シニフィアンシニフィエの枠組みは、“言語の恣意性”を暴露した。“恣意性”には二つの意味がある。

 一つは、シニフィアンシニフィエのタテの結びつきの恣意性だ。例えば、“馬”のシニフィエについて、それに対応するシニフィアンは、“馬”でもいいし、“horse”でもいいし、“cheval”(仏語)でもいいわけだ。ある一つの記号内容について、どの様な記号表現が結びつけられるかということは、恣意的に決まっていくということである。

 もう一つの恣意性、そして、こっちの方が重要な恣意性なのだが、それは、複数のシニフィアンシニフィエの組み合わせの関係性における、ヨコの関係の結びつきの恣意性だ。

例えば、昔、日本には、犬、野犬、山犬、狼といった、シニフィアンシニフィエの四つの組み合わせが、相互に隣り合って存在していた。一方、現代では、山犬のシニフィアンシニフィエは消失してしまった。しかし、その領域自体が消失したのではない。山犬と記号されていたものは、野犬、狼と記号されるようになっただけである。この事例が示唆することはつまり、ある事象について、それをどう区別するのかは、恣意的に決定されていくということだ。

 Aによって起こったパラダイムシフトは、“実在論から関係論へ”と表現することが出来るだろう。つまり、事物の秩序は、客観的に予め存在しているのではなく、カオスに投げ込まれた主体が恣意的に生み出していくものにすぎないということが暴露されたのだ。

 

 B=ラング/パロールと、C=共時態/通時態について。

 ソシュールがBについて言及するのは、ラング/パロールの関係を、静的なものから動的なものに変更する為だ。

ラング=文法が存在し、その規制に則った形でパロール=個々の発語がなされる。これが通常の理解だ。しかし、現実には、この様な現象と同時に、ラングの規制を逸脱するパロールが生産され続けており、そうした逸脱していくパロールを包摂する形で、新しいラングが形づくられていくということがある。

 この時、共時態/通時態という区別が意味を持ち始める。

共時態とは、ある対象においてその一瞬を切り取って、その瞬間の様相を明らかにすることだが、通時態とは、ある対象の、時を経て変遷していく過程そのものを読み取ろうとすることである。これまで、静的に捉えられてきたラング/パロールは、実は、動的に変化していっているのであって、それを無理矢理共時的に捉えようとしていたにすぎない。静的な見方が無意味な訳ではないが、それだけでは言語の変遷のダイナミズムを捉えられなくる。ダイナミズムを捉えるには、どうしても通時的な見方が必要なのだ。

 

 総じて、ソシュールは、人間が認識する秩序は、そのまま世界の客観的な秩序などでは断じてないということを暴いていったと言うことができるだろう。恣意的な認識だからこそ、認識される世界は言語体系によって余りにも異なってくるし、かつ、時代に応じても変化していくものなのだ。

 ソシュール言語学に影響を受けた思想として、竹田は、構造主義を挙げる。その中でも、レヴィストロースとラカンの思想を取り上げていく。

 

②レヴィストロース

 レヴィストロースは、普段意識されていない関係性や構造を取り上げた。そうすることで、意識される秩序の違いを超えた、人間の、共同的な無意識の普遍的“構造”を探求したのである。

 この考えは、マルクス主義を相対化する。マルクス主義は、人間の社会について、下部構造が上部構造を決定していくという風に捉える。一方レヴィストロースは、下部構造と上部構造の間には、無意識化された目に見えない“構造”があるのではないかとして、これが上部構造に、引いては社会全体に影響を与えているのではないかとしたのであった。

 

ラカン

 ラカンも似た考え方をする。動物は、生理―本能―意識と、なだらかに連続する構造を持っているが故に、欲望の方向が予め決定されている。一方、人間は本能が壊れているから、自己のエネルギーをどこへ向けるか分からない様な状態に身を置かされる(想像界)。これを家族関係という秩序の中に方向づけてゆき、それが社会的な言葉の秩序(象徴界)を織り上げる。意識された欲望の動機は、想像界象徴界という無意識の構造によって規定されていて、それによって社会的関係が形成されると考えたのだ(?自信ナシ。)。

 

 ラカンもレヴィストロースも、下部構造と上部構造、或いは個人と社会という、目に見える二項対立に見出される、無意識の構造について考えた。そしてこれは、“意識”を徹底的に問題化する、ヘーゲルマルクス主義、或いは現象学を批判するものなのである。

 構造主義は、現代思想の関心を、人間の無意識の構造に向けさせた。しかしこれは同時に、そもそもどうすれば人間の無意識にアクセスできるのかという難問も残したのだ。

 

ロラン・バルト

 ソシュール的な言語論を、社会が持つ文化的関係の“意味作用の体系”として捉えなおしたのが、ロラン・バルト記号論であった。この時に出てくる概念が、“デノテーションコノテーション”である。この概念は、シニフィエを更に二つに区分する概念だ。

 例えば、「エキゾチックジャパン」という広告文句を見たとする。その時、このシニフィアンに対応するシニフィエは、明示的な形では、“東洋的な日本”というだけに過ぎない。この明示が、“デノテーション”だ。一方、このシニフィアンは、“日本は素晴らしい国だ”という暗示的なシニフィエをも示唆しており、この暗示が、“コノテーション”だ。

 こうした記号論の発想は、文化の様々な様相を、どこからでも記号論的に意味を分析できるという汎用性を持つ。マルクス主義的な、上部構造―下部構造という、二つの軸だけでは捉えられない、“神話的構造”を、発見し、かつ分析する時に、記号論の発想は有用なのだ。

 

 ソシュール以降の構造主義記号論の展開を追いかけてきた。しかし、これらの手法は、一つのパラドックスに衝突してしまう。

 ソシュール的言語論は、“実在論から関係論へ”というパラダイムシフトを起こした。以降、思想において意識される主題は、客観的秩序そのものというよりも、人間が構築する“意味の体系”の関係性に移行するわけである。しかし、構築された関係性の体系を変更し続ける動力それ自体は一体何なのかという問題は、いくら意味の体系を考察しても永遠に分からないのである。

例えば、既定のラングを逸脱するパロールが、“どこからか”、常に生成し、それらは、“どのようにしてか”、新しいラングを形成していくわけである。この、“どこからか”、“どのようにしてか”の問題は、ある瞬間のラングを共時的に取り上げるだけでは、絶対に解決できない問題なのだ。

これは、即ち、“構造”を正確に認識することそれ自体に向けられた懐疑である。その懐疑をはるか前から主題化していたのがニーチェであり、ニーチェを源泉に、ポスト構造主義が構築されていくのである。

 

ニーチェ

 ニーチェの主張を端的に表現するならば、それは、“近代哲学/形而上学への徹底的なアンチテーゼ”ということになるだろう。

 ニーチェは、キリスト教や道徳思想の起源に、弱者が現実の惨めさをごまかそうとする“ルサンチマン”を見る。このルサンチマンによって、自分を惨めさに陥れるこの現実の世界は、実は、“仮象の世界”であって、その背後に、“真の世界”が存在すると想定される様になる。加えて、“真の世界”を認識する、“客観的認識”、“普遍的認識”をも、同時に想定させるわけである。

 しかし、これらの想定は端的に誤解である。何故なら、どんな観点も客観にはなり得ず、全ては一つの“解釈”にすぎないのだから。

 こうした誤った想定は、その極限に至った時に、自身の矛盾に気づいてしまう。つまり、真理や客観など決して存在せず、超越的な存在などまやかしに過ぎないというニヒリズムに陥ってしまうのだ。

 一度陥ったニヒリズムを克服するのはそう簡単ではない。それでも克服したいのならば、寧ろニヒリズムを徹底させることによって、“真理”を探そうとする近代哲学とは異なった発想を生み出さなければならないのだ。それはつまり、客観的秩序を発見するのではなく、新たな秩序を創り出すということである。

 

 こうしたニーチェの考えは、ヘーゲルマルクス主義が、又、構造主義さえもが陥った、世界の普遍的構造を発見しようとする態度そのものを、根本から批判するものであった。

 ニーチェの思想は、ポスト構造主義に多大な影響を与える。例えば、フーコーは、歴史というものが常に権力によって構築されていくということを綿密な実証的研究によって暴露したのである。ジャック・デリダの“脱=構築”も、この文脈の上に存在する作業だ。

 

デリダ

 “脱=構築”とは何か。

 

それは、ひとりの思想家のテクストから一義的な意味だけを読み取らないで、むしろその背後にそれと対立する様なもうひとつの意味を見出し、後者によって前者を相対化してゆくという方法である。この方法が一般的に“脱=構築”と呼ばれているものだ。

(中略)デリダがこの「脱=構築」を通じて言おうとするのは、最終的に、言葉による厳密な認識の不可能性ということにほかならない。  (竹田青嗣 『現代思想の冒険』)

 

 

 デリダは、“ありのまま”という起源を否定する。

普通、ある事物の“ありのまま”は、言葉という記号で指し示されるものだと考える。これは、事物の“ありのまま”の秩序が予め存在しているという前提に従った考えだ。しかし、その前提が誤っていて、実際は、“ありのまま”の内容は、記号によって、その性格が初めて規定されていくのである。

 デリダは、ソシュールをも批判する。ソシュールは、パロール=個々の発話について考えていたわけであるが、デリダはこれを音声中心主義と批判する。デリダは、言語学における主題を、パロール話し言葉から、エクリチュール=書き言葉に移し替えようとするのである。

 音声中心主義においては、“ありのまま”の〈意味〉は、「話すこと」で、ぴったりと一致した形で示される。その「話すこと」は、これ又ぴったりと一致した形で、「書くこと」に写し取られる。〈意味〉(「言わんとすること」)=「話すこと」=「書くこと」という三つが、連続的に一致するわけだ。

 デリダはしかし、この“一致”を否定する。特に、「話すこと」と「書くこと」の間には、大きすぎる断絶が存在するというのだ。

 例えば、『あの空は青い』がパロールとして発話されるときについて考えてみよう。この時、“発話者が感じている空の青さ”=「言わんとすること」を、パロールは表していると言えたとする。しかし、もしそうだとしても、『あの空は青い』というパロールが、“あの空は青い”というエクリチュールに書き換えられると、誰もが発し得る一般的な言語記号の配列に成り下がってしまう。従って、両者の連続性は切断され、同時に、「書くこと」=エクリチュールは、〈意味〉から切断されてしまうのだ。

 〈意味〉の再現であることを辞めたエクリチュールは、ただ単に差異の体系の一部となり、「超越論的な〈意味〉されるもの」を持たなくなる。こうして、外部を持たない差異の体系の中での、「戯れ」が生じるのだ。(ついでに記せば、「差延」も、ただただ差異しか存在しなくなる世界を表す概念ということで、強い関連がある概念だ。)

 

 デリダが言わんとしたことは、一体何なのか。竹田曰く、それは、〈現実〉/〈世界〉というものは、絶対に言葉によって捉えつくすことは出来ず、既成の言葉の体系を乗り越える形で、常に〈現実〉/〈世界〉の新しい相が現れ続けるということである。現実のありのままの〈意味〉と、〈言葉〉とを切断することで、形而上学に死刑を言い渡したのだ。

 デリダ的な認識批判が重要なのは、マルクス主義の硬化した決定論や、党派的倫理主義の側面を、“脱=構築”してきたということである。

 しかし、だからといって、何でもかんでも闇雲に、“脱=構築”していけばいいというものではない。そうなれば結局、「世界に関しては何とでも言えるのだから、様々な風に言ってみることが面白い」という、悪しき相対主義ニヒリズムに陥るだけだ。

 言葉が世界を写し取れないとしても、それが必ずしも、〈世界像〉を編むことの無意味さに直結するわけではない。言葉の世界を編むことの役割というのは、それが真理であるということよりかは寧ろ、それが、美、エロスを形作り、引いては世界に対する欲望を喚起するということにこそ求めるべきではないのか。 

 しかし、竹田はその考察を後回しにして、取りあえずは、マルクス主義以降の社会認識として、ボードリヤールドゥルーズ=ガタリの紹介に移行する。

 

ボードリヤール

 ボードリヤールは、マルクス主義の世界認識の土台となった。“経済学”を批判する。

 ボードリヤールの前提は、マルクスが言う様な、資本主義の決定的な破綻が訪れそうもないという現実であった。そうであるならば、資本/労働、或いは、価値/使用価値等等は、何ら社会的関係の実体を映したものではなく、資本の運動を表象する記号にすぎないのではないか。

 実体が消失してしまって、全てがコピーのコピーのコピーのコピーにすぎなくなってしまう社会を、ボードリヤールシミュラークルと名付けたわけである。

マルクス主義は、プロレタリアが、“本当の欲望”に目覚めて、システムを乗り越える革命の主体になることを期待したわけであったが、それは起こりようもないことである。何故なら、“本当の欲望”など存在せず、存在するのは、閉じた円環の中で提供される、コピーのコピーのコピーのコピーとしての欲望だけだからだ。シミュラークルとは、閉じた円環の中で、実体が消失する社会のことだ。

 こうした閉じた円環を乗り越えるために、ボードリヤールは、システムから贈与される「延期された死」を拒絶することを提案する。そして、〈死〉をつかみ取るのだ。システムの内部の変革ではなく、システムそれ自体の秩序を切り裂くような挑戦をしなければならない。(良く分からない)

 これだけではどうも分かりづらい。ここで竹田は、ドゥルーズ=ガタリ現代社会分析を導入する。

 

ドゥルーズ=ガタリ

 ドゥルーズ=ガタリも、ボードリヤール的な閉じられたシステムを前提として、社会の総体を自動的な“機械”と見なして、これを、「社会機械」と名付ける。

 しかし、ドゥルーズは、システムの動力のことを、「欲望」として想定する。これは、ボードリヤールと対照的である。というのも、ボードリヤールにとっては、欲望も、シミュラークルの中で再生産される記号の一種に過ぎないのに対して、ドゥルーズは、欲望を実体的に扱うからだ。

 更に細かく、ドゥルーズは、「力への意志」と類比的な、動力としての欲望を、そのまま「欲望」と名付ける。対して、ボードリヤール的な、一種の記号として再生産される欲望を、「欲求」と名付けて区別するのだ。

「欲望」には、二つの流れが存在する。「欲求」に変化する流れ、即ち、単なる記号の中に閉鎖していく流れを持つ一方で、同時に、そんな閉鎖から逃れて散逸しようとする流れを併せ持つ。

この、複雑な「欲望」の概念を基にして、ドゥルーズは、社会制度の歴史を次のように三つに大別する。

 

A、古代国家―コード化社会

B、専制主義国家―超コード化社会

C、資本主義国家―脱コード化社会

 

Aにおいて、「欲望」は、近親相姦の禁止という規則によって、コード化されていく。しかし、専制主義機械は、Aにおけるコードを破壊して、全てのコードを帝国へと組織していくのである。

Aの社会にしろ、Bの社会にしろ、欲望は常に、コードから散逸していく流れを持つ。そんな、「脱コード性」そのものをシステムに組み込んでいくのが、C、つまり資本主義国家なのだ。しかし、欲望が完全に脱コード化されてしまえば、資本主義システムは自壊していく。ドゥルーズはそこで、「社会公理系」という、全く新しい概念を導入する。それは、工学的、化学的な体系を持つものだ。コードを散逸する脱コード的欲望も、この、公理系によって調整されていくことで、結局は資本主義に組み込まれていくのである。(意味不明である。)

 

 こうした構想は、社会主義構想を批判する。つまり、AからBの移行の様に、新しい人為的なコードを準備するだけでは資本主義を乗り越えることは出来ないということだ。言い換えると、資本主義における欲望の対立は、〈コード化/脱コード化〉から、〈脱コード化/公理系〉という対立に移行したということである。(全く意味が分からない)

 更に簡潔に言い換える。古代国家、専制主義国家においては、ひとびとの欲望は、神話、共同体の掟、王の権力によって抑圧されてきた。しかし、資本主義国家においては、人間の欲望それ自体が、〈社会〉を公理系として目的化してしまっている。人間の欲望に、社会を超え出る契機が消失してしまったのだ。(ワカラナイ…)

 

 

ソシュールから、デリダ的認識批判、それに、ドゥルーズの新しい社会認識まで、幅広い対象を扱ってきたが、一体、ポストモダンとは、総じて何を示唆するのか。それは、〈社会〉は閉鎖的なシステムになってゆき、人間はそこで意味を失って、単なる個体になるだろうということである。

竹田は、ポストモダン思想の特徴として、次のように語る。

 

第一にそれは懐疑論(もはや世界を手に触れるものとしては決してつかめない)であり、第二にニヒリズム(人間は意味を失う)であり、そして第三に、一番最後に残るものとしての反社会的心情である。  (竹田青嗣 『現代思想の冒険』)

 

 この最後の、反社会的“心情”とは何か。

 それは、ボードリヤール的には〈死〉によって、ドゥルーズ的には〈狂気〉によって、社会から個人として離脱するしかないということである。“心情”は、共同性を形作れないのだ。現代のニヒリズムとは、ここまでに深刻なものになってしまった。

 

 

現代思想の冒険〉によって、如何なる問題が浮かび上がってきたのだろうか。

 第一には、社会批判というものの不可能性である。ボードリヤールドゥルーズは、ある意味でヘーゲルマルクス的な、“世界を認識する”という仕事をした。しかし、その仕事によって主張されることは、見事なまでに対照的だ。ヘーゲルマルクスは、“認識によって世界を超えられる”としたのに対して、ボードリヤールドゥルーズは、“認識はシステムを超えられない”という結論に陥った。

 第二に、マルクス主義につきつけた刃は、諸刃の剣として、現代思想含めた思想という営みそのものにもつきつけられてしまったということだ。つまり、思想による社会批判は不可能か、それとも可能かということである。戯画的に言えば、不可能の立場を取るのがデリダで、可能の立場に立つのがボードリヤールドゥルーズということだろう(しかし、その“可能”は、「狂気」や「死」によるものなのだが……)。

 

 現代思想が衝突した難問は、これ以上無闇に“冒険”を続けても、解決されることはないだろう。竹田はここで、そもそもの近代思想の捉え返しを図るのであった。

感想 外山恒一 『政治活動入門』

 

外山さん関連で連続してしまうが、新著『政治活動入門』を読んだ。

 一行で感想を要約すると、『政治活動入門』は、「外山恒一がガチで自分のラジカルな活動を世に知らしめようとしてきた‼‼」と感じる本である。以下、章ごとに感想を書いていく。

 

 

 

 

①第一章 「政治活動入門」

 

 第一章「政治活動入門」では、文字通り、外山恒一が政治活動についてどの様な考えを持っているのかということを知ることが出来る。一見、本書のなかでは最も穏健なことを言っている様に見えるが、個人的には最もラジカルであるとさえ感じる章である。

 

 外山はまず、政治活動というと、それらがすぐに選挙活動に関連するものとして帰結してしまうことを批判する。選挙活動は、確かに政治活動の一形態でこそあるが、逆に、それ以上のものでは決してない。

 

 では、外山は、選挙活動に収まらない政治活動をどの様に定義するのか。

 

 曰く、政治活動とは「社会に不当な目を合わされているが故に生じる自身の生きづらさを解消するために、他の個人と問題意識を共有して、協力して、時代状況や社会状況を改変すること」なのである。これだけではいまいち分からないので、細かく解説していこう。

 

 外山はこの、”自身の生きづらさ”という点を非常に大事にしている。自身の生きづらさとは、言い換えれば、”被害者意識”である。被害者意識から政治活動をすることは、一般的に考えればタチが悪いことで、本来であれば、”正義感”から活動をするべきなのではないかと思える。しかし、外山はこんな一般論を完全に否定する。

 

 ”正義感”なるものは所詮他人事であり、自分事として社会を捉えようとする”被害者意識”の方が、意識の強度の点で遥かに勝っており、それこそが、運動の高い強度を実現するのである。

 

 しかし、ここでさらなる疑問がわく。被害者意識なる自分勝手な動機で、他者と問題意識を共有することなどできるのだろうか。

 

 外山は、そんな自己と他者とのギャップを埋めるものが、”勉強”であり、”教養”であると断言する。

 

 生きづらさを抱えているのが自分個人だったとしても、その”自分”は、広い社会に属しているのだから、同型的な生きづらさを抱えている人が数多く居る可能性は高い。そんな生きづらさに、言葉、或いは論理を与えることで、潜在的な仲間が集う場所が生まれるのであって、その為には勉強が不可欠なのである。

 

 外山は、この章で、芸術と学問についても言及している。一般的には、何かと、”政治の介入”が問題に上がるこれら二つの領域であるが、外山は逆に、この二つの領域を、広義の政治活動に包摂してしまおうとする。曰く、学問や芸術の道を追求する人は、大抵の場合、政治活動をする人と同じく、その時代に対する疑念や違和感を抱えている。しかし、それを政治活動によって直接的に解決しようとするのではなく、“あえて”、遠回りして解決しようとしているのが、学問・芸術なのだ。だからこそ、それらには、自分が“あえて”遠回りをしていることを自覚して、その上で、中心に存在する政治に対して、緊張感を持たなければならないとする。

 つまり、外山は、政治活動を“中心”に配置し、それが“周辺”に派生していく形として、学問や芸術を捉えているのだ。こうした、政治中心主義を取る外山は、普通は問題にされるような、政治の介入という概念を、余りにも無邪気に肯定するのである。

 

 これまでの論理は、非常に筋が通っており、又、本文では非常に軟らかい文体で書かれているため、外山恒一らしくない、穏健で、フツーに正しいことを言っている様に勘違いしてしまいそうになる。しかし、文体に騙されてはならない。冷静に考えれば、ここでの外山の主張は、現代のリベラル的な政治活動の概念を真っ逆さまに転倒するものである。

 リベラルは、「選挙で投じる一票が大事で、勉強はせずとも、どんな人でも素朴な正義感から、一緒に声をあげるべき」と考えている。一方の外山は、「選挙は政治活動の特殊な一形態にすぎず、しっかりと勉強をして教養を積み、歪んだ被害者意識を言葉にして共有していくべき」と考えている。両者は見事なまでの対照を成している。

 加えて、芸術や学問の考え方にも違いがある。ノンポリは、「音楽に政治を持ち込むな」と考えて、これに対してリベラル派は「音楽にも政治を持ち込んでいいだろ‼‼」と主張する。

 しかし、外山はこれら二つとは全く異なる観点を出す。それは、「音楽とは政治である」ということだ。持ち込もうとするしないの意志に関わらず、音楽は政治性に取り込まれざるを得ないのだと、暴力的な断定を行ってしまうのである。  或いは、次のようにも表現できるかもしれない。つまり、「政治である筈の音楽に、ノンポリサブカル性を持ち込むな」ということである。いずれにしても、ノンポリ/リベラルが提示する、政治、芸術の二項対立を完全になし崩しにしてしまうのだ。

 第一章は、極めて平易な言葉に優しい文体で書かれてこそいるが、外山の根本のラジカル性が発露している章であった。

 

②第二章 「学生運動入門」

 ここでは、第一章と連続した問題意識の上で、政治活動において、学生、もっと正確に言えば、“若くて知的でヒマな連中”が多く参加することの必要性が語られる。

 外山は一時期、福岡のあるバーで雇われ店長をしていたということであるが、その時、彼の下には、「大学の奴らは政治のことについて全然考えていないんですよ」という大学生が、“たくさん”来るのだそうである。であるならば、シンプルに、そう思っている学生同士が孤立していて、出会っていないだけだという話である。

 外山は、取りあえず、“百人に一人”の学生が、政治的に熱くなることを目標とする。1968年に匹敵する、いつか、電撃的に到来する世界革命の時に十分な力を発揮するために、取りあえず、“百人に一人”が平時は頑張っておくことが大事なのだ。“百人に一人”程度の盛り上がりが平時にあれば十分だし、又、その程度の盛り上がりであれば、現在孤立している学生同士を出会わせることさえできれば、十分に可能だと外山は感じている。

 しかし、何故、“若くて知的でヒマな連中“が必要なのか。これに関しては、自分がその層に該当するというナルシズムも入っているが、大事な観点だと思うが、本題からはそれるので、記述を中断しよう。

 とにかく、外山は学生運動の債権が絶対に必要であり、又、それは現実的な規模で可能だということを説いているのである。

 

 ③第三章 “戦後史”日入門 第四章 学生運動史入門

 この辺りは、“歴史認識”の問題である。非常に面白い章であるが、「外山合宿でやったところだ‼‼」となってしまい、普通に読むのとはどうしても視点がずれてしまう。だから、これら二つの章は省略する。近いうち纏めなおすと思う。

 

 ④第五章 「ファシズム入門」

 外山が掲げる、「ファシズム」が、一体何なのかがここで分かる。

 ここで注意しておかなければならないのは、外山が掲げるファシズムが、一般的にイメージされるような、ナチズムと結びついたものではないということである。本人は、ムッソリーニを大いに参照しているが、だからといってムッソリーニ主義者なのかは怪しい。千坂恭二氏は、次のようなツイートをしている。

 

 

 

 外山自身このツイートをリツイートしている通り、外山が掲げるファシズムは、歴史学的なファシズムというよりかは、ファシズム運動を見て刺激を受けた外山が、独自で編み出した思想と捉えた方が適切かもしれない。(これは非難ではない。外山は学者ではなく革命家なのだから、より魅力的で強度を持った観点を提示することこそが本分なのだ。彼の仕事は歴史の整理ではない)

 そのような前置きをしたうえで、では、外山的「ファシズム」とは何なのであろうか。

 まず、外山は、現時点での社会構想の“全体的なビジョン”の選択肢として、以下の五つを上げる。

 

アメリカニズム

共産主義

ファシズム

アナキズム

ナショナリズム

 

 フェミニズムエコロジー等の個別の課題については、これら五つの大きな観点に包摂される形で表明されていくと外山は言う。

 加えて、この五つの選択肢の内、外山は二つを排除してしまう。まず、アナキズムアナキズムの範疇でとどまっている限りは、政治への強い影響力を持つことはう可能であるとした。次に、ナショナリズムは、他の三つの運動と手を組むならまだしも、独自で勢力を維持するのは難しいだろうとされる。

 では、「ファシズム思想」とは何か。

 ファシズム思想の始祖としてムッソリーニを外山は上げる。ムッソリーニは、元々は限りなくアナキズムに近いマルクス主義陣営の中の極左派として名をあげていた。

 そんな中で、マルクス主義陣営と決定的に決別するのが、第一次世界大戦を巡っての対立であった。ムッソリーニは、レーニン的な論理を突き詰めた、「戦争を内乱に転化するためにまず参戦せよ」という主張を行ったのだ。これによって、ムッソリーニマルクス主義者の陣営から追い出される。

 そんなムッソリーニが、独自路線の「戦闘ファッショ」を結成した時、参加者の大部分は、芸術グループの“未来派”であった。未来派は、物質を始めとした近代的な価値観を徹底的に肯定して、反対に、調和を始めとした古代的な価値観を徹底的に否定した。ムッソリーニの運動は、アナキストと、未来派という、政治、芸術の異端派の運動として始まったのであった。

 そもそも、「ファシズム」というのは不思議な名称である。イタリア語で「ファッショ」というのは、束のことであり、言い換えれば、「党」のことである。普通、「○○党が掲げ○○主義」と言う様に、党の前に来る内容に、「主義」をくっつけるのであるが、ファシズムに関してはなぜか、党の方に主義をくっつけているのだ。無理矢理に和訳すれば、党主義者ということになるが、これは一体どういうことか。

  これには、ファシズムという思想の根本が隠されている。政治的、或いは芸術的な異端派が、取りあえず団結して、一つの運動を形成することそれ自体が非常に重要なことなのであって、実際に何をやるのかは二の次という無内容性にこそ、ファシズム思想の根本があるのだと外山は説く。

 

 では、そんな無内容なファシズムを、外山は何故、今更掲げるのであろうか。それは、ファシズムが、その無内容な団結でもって、何らかの普遍的正義で世界が覆われていくことに、実存主義的感覚を持って対抗しようとするからである。

 例えば、資本主義と共産主義という対立があるが、この両者の対立は、共に、普遍的価値の内容を競うものであるが、普遍的価値の存在それ自体は疑っていない。資本主義は、経済的な自由を重視し、共産主義が平等を志向するという違いこそあるが、共に、近代的な普遍主義の先にある体制なのである。

 もっと言えば、マルクスは次のようにさえ言っている。即ち、資本主義から共産主義への移行は、資本主義の爛熟の果てに、資本主義の最先進国で起こりやすいのだと。であるならば、まともに共産主義をやっている国は今のところ存在しないが、もしも共産主義が実現するとするならば、それは、資本主義の発達の先にあるシステムなのであはないか。そうだとすると、共産主義でもって資本主義に対抗することそれ自体が、同じ土俵の中で勝負させられてしまっているということなのだ。

 外山はそれを否定する。外山が資本主義に対抗するためにファシズムを対置するのは、それが外部であるからだろう。資本主義、或いは改良版資本主義たる共産主義では、動物の様に人間を管理していくと同時に、人類を”幸福”にしていく生権力に対抗できない。実存主義的主体の団結たるファシズムこそが、それに対抗できる可能性を持っているのだ。

 

⑤感想

 『政治活動入門』は、全体として、外山恒一の総括的な思想の、最も適切な入門書ではないかという印象を受けた。外山恒一の考え方の基本中の基本が幅広く提示されるのている。普通に左翼な面がある自分としては、全ての論点に完全に納得できたわけではないが、それでも非常に面白かった。